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サンタクロースの白い糸

井上 優

 

 去年もそうだったが、今年もまた悩む季節がやってきた。小学校三年生の悠紀夫は、これで三回目の悩める冬を迎えることになる。

 あれは確か、小学校一年生の十二月だった。クラスメートの弘が、こんなことを言ったのだ。

「ねえねえ悠紀夫、サンタクロースなんて、いないんだって」

 悠紀夫は驚いた。そんなはずはない。もしサンタがいないなら、イブのプレゼントは誰が持って来るんだ。

「そんなの父さんに決まってるだろ」弘が答える。

「だったら、父さんのいない子はどうなるんだよ」悠紀夫は反論する。

「そういうときは母さんさ。母さんもいなかったらおじさんかおばさん」

「うそだい!」

「ホントだよ。だってタケシ兄ちゃんが言ってたもん」

 もちろん悠紀夫は、友人の言葉を鵜呑みにはしなかった。でも気にはなった。

 その年のクリスマスの朝、いつものように枕元にプレゼントが置かれていたときはうれしかったが、弘の言葉を思い出して、なんとなく不安になったのを覚えている。

 次の年の十二月、悠紀夫は母親に聞いてみた。

「ねえ母さん、サンタクロースは父さんなの?」

 母親はちょっとだけ驚いた顔を見せたが、すぐに冷静になり言った。

「違うわよ。サンタさんは本当にいるのよ」

 母親の説明によれば、サンタクロースは「眠り砂」を持っているという。彼はそれをまきながらやってくる。「眠り砂」が目に入ると、誰もが眠ってしまう。だから誰もサンタを見たことがないのだそうだ。

 そして三年目。今年こそ、真相を知りたいと悠紀夫は思っていた。もしサンタがいなくて、プレゼントを持ってくるのが父さんだったら……。そんなことはないと思いたいが、疑いを持ってしまったのも事実だ。今はとにかく本当のことが知りたい。

 十二月二十四日。悠紀夫はいつものように九時に布団の中に入った。もちろん眠る気はない。今日こそサンタの姿を見極めるつもりだ。そのために、生まれて初めてコーヒーを飲んだ。眠くなったら自分の脚を刺激するための「ようじ」も右手に持っている。そして二時間が過ぎた。

 サンタの「眠り砂」のせいなのか、いつの間にか悠紀夫は眠ってしまった。右手に持った「ようじ」も布団の外に出ている。このままクリスマスの朝を迎えるのだろうか。いや、今年は違った。初めて飲んだコーヒーのせいだったかもしれない。悠紀夫の思いが強かったからかもしれない。真夜中、悠紀夫は目を覚ましたのだ。そして見た。父親が枕元にプレゼントを置くのを。悠紀夫は自分の目を疑った。そんなはずはない。そんなことって……。サンタが来るって信じていたのに。やっぱり弘の言ったとおりだったのか。

 考えてみれば、たった一人のサンタクロースが、世界中の子どもたちに一晩でプレゼントを配れるなんて、あり得ないことだ。やっぱりサンタはいなかったんだ。

 悠紀夫の目から涙がこぼれそうになった。そのとき、悠紀夫は、妙なことに気づいた。父親の背中や腕から何本もの白い糸が出ているのだ。それは雪のように白く、雪のように柔らかそうだった。多数の白い糸は一かたまりになって天井へ続く。そして屋根の上へ出ていた。そこで悠紀夫は、家の上に浮かぶ白ヒゲの人物を見た。赤と白の派手な服は、不思議にもその老人に似合っている。父親から出た白い糸は、白ヒゲじいさんの手にあった。そしてじいさんの手からは、四方八方に無数の白い糸が出ていた。

 悠紀夫は思った。そうだったんだ。だからサンタが一人でも、世界中の子どもたちにプレゼントを配れたんだ。サンタは子どもたちのお父さんを操って、自分の代わりにプレゼントを渡すように仕向けていたんだ……。

 翌朝、悠紀夫の父親は言った。

「夕べは、まいったな。悠紀夫が目を開けたんだ。でもすぐに眠ったみたいだったから、バレずに済んだと思うが」

 母親が言う。「大丈夫よ。寝ぼけてたのよ。おや、父さん背中にゴミが……」

 母親は体をよじりながら、父親の背中に手を伸ばす。そこには白い糸がついていた。糸は真っ白で雪のように柔らかだった。


)悠紀夫の母は「サンタクロースは眠り砂を持っている」と言っていますが、本当に持っているかどうかは分かりません。「眠り砂」を持つものとして知られているのはザントマン(Sandman)です。ドイツ語でザントマン、英語読みではサンドマン。ドイツの民間伝承に登場する睡魔(あるいは妖精)で、背負っている袋に入っている砂を人々の目に投げ込むと、誰もが眠くなってしまうと言われています。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン31号(1996.1月号)掲載


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