ショートショット

よく当たる八卦

井上 優

 

 出張帰りで久しぶりに早く帰宅できる倉田昌夫は、一杯飲んでいこうと街を歩いていた。どの店にしようかと物色していると、声をかけられた。

「ちょっと、そこの人。あんただ、あんた。こっちへ来なさい」

 八卦見だった。鼻の下にナマズのようなヒゲを生やしている。ついさっきつきだしたスナックのネオンサインの下で、小さな机を出してひっそりと座っていた。

 倉田は八卦見に近づいた。

「俺に用?」

 倉田がおずおずと聞く。

「用があるから呼んだのじゃ。そこへ座れ」

 八卦見は自分の前にある粗末な椅子を指さした。折り畳み式で、背もたれもない。

「俺、あんまり金を持ってないから……」

「金はいらん。とにかくワシの話を聞きなされ」

「金はいらない? 本当に?」

 タダという言葉を聞いて、倉田の表情が変わる。急に真顔になり椅子に座った。

 八卦見は、ジロジロと倉田の顔を見た。ウムウムと何度も頭を縦に振る。そして言った。

「お前さんには、今、金運がついておる。今日じゃ。今日、大金を手に入れるじゃろう」

「ホントに?」

 倉田が疑うと、八卦見がアゴで倉田の背後をさした。道路を挟んだそこには、宝くじの売場があった。係員がシャッターを下ろそうとしている。

「宝くじ?」

 倉田が販売所を指さして聞く。八卦見は黙ってうなずいた。

 倉田が飛び上がるように椅子から立ち、宝くじ売場に走る。とりあえず十枚買う。倉田が宝くじを手にしたときには、販売店のシャッターは閉まっていた。

 それから何日かが過ぎた。ある日、新聞でたまたま「自治宝くじ当選番号」という文字を見た。瞬間、倉田はあの日のことを思い出した。急いで背広のポケットをひっかきまわす。あった。宝くじの発表日を見た。昨日だ。つまり今日の新聞に発表だ。恐る恐る、新聞の当選番号と自分のくじの番号を照らし合わせる。当たった。なんと一等だ。三千万円が、倉田のものになった。倉田は一人でバンザイをした。やった。三千万だ。これで、アレを買って、借金を返して……。頭の中で、三千万円の使い道が次々と思い浮かんできた。

 宝くじの当選金を手にした日、倉田は、あの八卦見に会いにいった。あのとき八卦見は「金はいらん」と言った。しかし結果として倉田は大金をせしめたのだ。気がとがめた。金運があることを教え、宝くじを買った方がいいと教えてくれた八卦見に、一銭も払っていないのだから。もちろん当選金を山分けする気はない。でも一万円くらいは渡してもいいような気がした。

 夕方の街角に八卦見はいた。以前と同じネオンサインの下だった。今度は倉田が声をかけた。

「この前はどうも」

 八卦見がジロリと倉田を見る。その目は、倉田を覚えていた。

「あんたのお陰で、宝くじが当たったんです。だからそのお礼に……」

 倉田が金の入った包みを机に置く。しかし八卦見は断った。倉田は執拗に勧めた。八卦見は、断固として受け取らない。仕方なく倉田が言った。

「じゃあ、今日の俺の運勢を見てください。この金は見料だ」

 ようやく八卦見が納得して、包みを受け取った。

 八卦見は、倉田の顔をまじまじと見た。手のひらも見た。何やら四角い木をいくつも並べ替えたりもした。そして言った。

「今日のあんたも当たる。間違いなく当たる」

 言われた倉田の目の色が変わる。すぐさま後ろを振り向くと、この前と同じように宝くじ販売所のシャッターが下ろされようとしている。倉田が椅子から飛び上がる。道路の向こう側にある販売所へ突進する。そのとき一台のタクシーが走ってきた。耳をつんざくクラクションと急ブレーキの音。倉田はタクシーに跳ね飛ばされ、アスファルトにたたきつけられた。薄れる意識の中で「ちょっと欲張りすぎたかな」と独り言を言った。

 野次馬が集まる。誰かが知らせたらしく、救急車のサイレンが聞こえた。八卦見は、野次馬とタクシーをいつもの場所から見ながら言った。

「金がもらえるとなると、どうも読みが甘くなる。いかんいかん。今日の読みは、宝くじが当たるではなく、車に当たるだったようじゃ」


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン36号(1996.11月号)掲載


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