ショートショット

素敵なストーカー

井上 優

 

「実は最近、無言電話がかかってくるの」

 園田真知子が隣に座っている吉田敬二に言った。会社ではいつも隣同士だが、これまでそんなに話したことはない。

「無言電話って、なんにも言わないってやつ?」

「ええ。だから携帯電話が鳴ると、ビクってしちゃうの」

「それはいけないね。携帯って、この前、机の上においてあったヤツだろ」

「そうなの」

 うなだれる真知子。そんな様子を見て、敬二が恥ずかしそうに言った。

「俺が解決してやろうか」

「えっ?」

「だから、俺がなんとかしてやるって。任せとけよ」

「だって……。誰からかかってくるか分からないのよ。どうやって解決するの?」

「なんとかなるのさ。無言って言っても、何かしらの音が残っているものさ。そこから犯人を割り出すんだ。それと、君の知り合いのことも教えてもらわなきゃね。その中に、君を困らせようとしている人がいるかもしれないし」

「そんなことで犯人が見つかるならお願いしたいわ」

「まあ、任せとけって。とりあえず、今度無言電話がかかってきたら録音しておいてくれよ」

「うん。でもどうやって録音するの? 携帯だもん」

「電話に付いてる録音機能を使ってもいいし、なんなら電話の耳を当てるところにテープレコーダーのマイクを置いてもいい。この際、音質はどうでもいいからね」

「うん分かった。でも本当にいいの?」

「同僚のためじゃないか。遠慮するなって」

 吉田敬二は、輝く白い歯を見せて笑った。園田真知子は、なんだか気分がウキウキしてくるのを感じていた。

 翌日、真知子は一本のカセットテープを持って会社に来た。昨夜、また無言電話があったのだ。吉田に言われたとおり録音した。あとで聞いてみたが、やっぱり何も聞こえない。こんなもので役に立つのだろうか。

「ああ、これかい」

 吉田はテープを受け取るなり、笑顔で言った。

「なんにも聞こえないけど……」真知子がすまなさそうに言う。

「何にも聞こえないように思えても、実は何かが録音されているんだ。蛍光灯の音だとか、電車や車が通る音だとか。それに電話を切る音で地域の交換機を特定することもできるんだぜ」

 敬二はその後で「とテレビで言ってんだ」と、ほとんど聞き取れない声で言った。もちろん真知子にも、最後の一言は聞こえなかった。

「ま、俺に任せておけばいいさ」

 吉田はうれしそうに笑った。

 それから二、三日、真知子の携帯電話に無言電話はかからなかった。イタズラ犯人が飽きたのかと思って安心しだしたころ、隣の席の敬二が言った。

「ゴメンよ、遅くなって。やっと犯人が特定できたんだ。会社のヤツだったよ。君のかわいらしさをねたんだ女子社員だった。でもそれが誰だかは言わないよ。もう決して無言電話はしないって約束させたからね。同じ会社の人間なんだから、それでいいよね」

「ええ。私は無言電話さえかからなければいいのよ。ありがとう。助かったわ」

「なんの、なんの」

 吉田が笑った。真知子も笑った。そして真知子は、吉田をお礼の食事に誘った。手料理で歓迎するという。

 その日、帰り支度をしているとき、ロッカーの前で仲良しの澤田好美が声をかけてきた。

「真知子、携帯買ったの?」

 ロッカーの棚に真新しい携帯電話がある。

「うん」

「じゃあ番号教えてよ」

「いいわよ。まだ誰にも教えていない番号を、まず好美に教えちゃうわ。あっそうか、吉田君はずいぶん前から知っているんだっけ」

「えっ? どういうこと? 吉田君に初めに教えたの?」

「そうじゃないの。ただ、表示画面にこの携帯の番号を出していたときに、吉田君が『これ、君の携帯?』って渡してくれたのよ。だから」

「ふ〜ん。じゃあ、初めにかかってきたのは吉田君からね。このこのー。みんなの憧れの吉田君にツバつけちゃってー」

「ふふふ。もちろん初めにかかってきたのは彼よ。何度もかかって来たわ。彼、一言もしゃべらなかったけどね」

 満面に笑顔を浮かべる真知子だった。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン40号(1997.7月号)掲載


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