ショートショット

サンタ支部

井上 優

 

 前原の様子がおかしい。前から少し変わった男だとは思っていたが、十二月になってから、その度合いがひどくなった。仕事が終われば、矢のように帰宅する。帰るときには、いつも白くて大きな袋を持っている。この前なんか、会社に来るとき赤い長靴をはいていた。なんか変なのだ。かといって彼は、嫌なヤツではなかった。前原を見ているとなぜだか懐かしく、そして心が安まる思いがするのだ。

 そんな前原に、ある日、同僚の涼子が聞いた。

「どうして急いで帰るの?」

 すると前原は言った。

「研修を受けてるんだよ」

 どんな研修かは言わなかったし、それ以上涼子も聞かなかった。しかしこの言葉を聞いてから涼子は、前原の秘密が気になりだしてしまったのだった。

 十二月も半ばを過ぎたある日、就業時間が終わると、前原はいつものように、そそくさと帰っていった。涼子もテキパキと後かたづけをする。今日は前原を尾行するつもりだ。どうしてそんな気持ちになったのか、自分でもよく分からない。ただ前原の不思議な行動が気になって仕方がないのだ。このまま「変な人」と無視してしまう気にはなれない。涼子は自分の中に、新しい何かが生まれた気がしていた。

 前原を追いながらバスと電車を乗り継ぎ、結構長い時間をかけて着いたところは、どこにでもあるようなオフィスだった。入り口に小さな看板が掛かっていた。そこには「サンタ愛知支部」と書かれていた。

「サンタ愛知支部? なんなの、それ」

 独り言を口にする涼子。サンタと言えばサンタクロースだ。そして前原が忙しげになったのは十二月になってからだ。ということは……。涼子の頭に恐ろしい連想が持ち上がる。十二月なら、街でサンタクロースの格好をしていても怪しまれない。「どこかのお店の宣伝か?」くらいにしか思われないだろう。それを逆手に取った犯罪があると聞く。サンタの格好をして泥棒をする。盗品は白くて大きなあの袋に入れればいい。

 もしかしたら前原は、クリスマスとサンタクロースを利用した窃盗団の一員なのかもしれない。彼の言った「研修」とは、クリスマスの夜にうまく事を運ぶための研修かもしれないのだ。もしそうだとしたら……。

 それから数日がたった。その日はクリスマス・イブ。涼子は、前原をもう一度、尾行することにした。涼子の予想が正しければ、前原たち窃盗団は、必ずイブの夜に行動を起こすはず。それを自分で突き止めたかった。

 深夜。日付が二十五日になって二時間以上過ぎたころ、前原は行動を開始した。涼子は、自分のクルマでゆっくりと尾行する。タクシーに乗った前原は、案の定、サンタクロースの格好をしていた。

 とある住宅地に着く。タクシーが去ると、前原は歩き出した。一軒の家の前で立ち止まる。住民は寝静まっているらしい。裏口へ回る前原。どうやら家の中へ入ったらしい。ところが1分もたたないうちに出てきてしまった。こんな短時間で泥棒ができるのだろうか。

 外へ出た前原は、次の家へ向かった。そこでもやはり、すぐに出てきた。次の家でも、そのまた次の家でも、数十秒しか「訪問」していない。そんなことが数時間続いた。

 午前五時、あたりはまだ真っ暗だったが、前原の「仕事」は終わった。彼を見続けていた涼子は、停車中のクルマの中で、うとうとしてしまった。

 コツコツとクルマのウインドウを叩く音がした。驚いて目をさます涼子。窓の外には、白ヒゲを付けた前原がいた。涼子が窓を開ける。すると前原は、きれいなリボンの付いた小さな包みを彼女に渡した。

「プレゼントです。メリー・クリスマス」

 そう言うと彼は、くるりと向きを変えて立ち去っていった。

 涼子はキツネにつままれたような気分だった。前原は一体、何者なんだ? そんな気分で包みを見ると、リボンに名刺のようなものが挟まっていた。前原の名前があり、社名に当たる部分には「サンタ愛知支部」と書かれていた。さらにそこには、手書きで「ご内密に」と書かれている。

 ハッとした涼子が、クルマから降りる。すでに前原の姿はなかった。

 ふと見上げると、何かが飛んでいる。それもいくつも。そして涼子は見た。トナカイが引くソリに乗って空に舞い上がる何人ものサンタクロースを。愛知支部のサンタたちは、一年に一度の仕事を終え、また普通のサラリーマンに戻るために、家路を急ぐのであった。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン43号(1998.1月号)掲載


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