ショートショット

ちょっと未来へ

井上 優

 

 久しぶりに来た彼女のアパート。深町誠は、トイレから戻ると、もう長い付き合いの絵里子に言った。

「もうすぐピザ屋が来るぜ」

「何言ってるの? ピザなんか頼んでないわよ」絵里子が不審な顔で言う。

「隣と間違えるのさ」

「なんでそんなことが分かるのよ。まさか予知能力でもついたっていうの?」女は、からかうような口調になった。

「分かるというより、見てきたから言えるんだ」

「見てきた?」

「さっきトイレへ行っただろ。そのとき三十分後へ行ってきた。で、ピザ屋が来た。だから俺は未来のことを知ってるのさ」

「まさかあ〜」

 絵里子は、全くとりあわない。それでも面白がって聞いていた。誠は人をからかうのが好きで、妙なジョークを考え出しては人を楽しませてくれるからだ。

 二人がタイムトラベルの話を始めてから、三十分近くの時間が過ぎたころ、玄関のチャイムが鳴った。絵里子が出る。誠は部屋の中で待つ。絵里子は来客としばらく押し問答していたが、やがて客は帰っていった。

 絵里子が戻ると誠が聞く。

「どうした?」

「うん、ちょっと……」

「ちょっと、何なんだよ」

「その……。モントリアっていうピザ屋さんが来たのよ。それで、うちの部屋番号をちゃんと言うの。でも名前はお隣の名前。部屋番号を聞き間違えたのね、きっと」

「だろう?」

「何が?」絵里子が誠を見ずに聞く。

「だから俺が言ったとおりになったじゃないか。俺は未来を見てきたんだ。分かっただろ」

「うん……」

「なんだよ、元気がないじゃないか。なんならお前の未来も見てきてやろうか。今日の夜とか、明日の夜とか」

「いいの、やめて!」

 絵里子が大声を出した。驚いた誠が絵里子を見る。

「お前、見られちゃまずい未来でもあるのか? 今日か明日の夜、ほかの男と会うってんじゃないだろうな」

 誠の語気が荒くなる。絵里子が応戦する。

「そ、そんなわけないでしょ。私は、あなただけなんだから」

「本当だな」

 誠が絵里子の顔を見ながら、念を押すように聞く。絵里子は誠の顔を見ることができなかった。その様子を見て、誠がすっくと立ち上がる。

「どこへ行くの?」絵里子が青ざめた顔で聞く。

「ちょっと未来へ」

 誠はトイレへ向かった。中に入りドアを閉め、カギをかける。

 沈黙の時が過ぎた。絵里子は呆然と立ち尽くしている。

 数分後、誠が出てきた。表情が暗い。その顔を見て、絵里子が恐る恐る聞く。

「どの未来へ行ったの?」

「そんなことは、どうでもいい。絵里子、お前やっぱり……」

「違うわ、違うの。私が悪いんじゃないのよ。マサノブ君が無理やり誘ったの。ホントよ。私にはそんな気はなかったの。だから信じて。それに、会うのは明日の夜だけ。だけどもう会わないわ。もちろんよ。だって私にはあなたしかいないんだから」

 懇願する目をして、誠にすがりつく絵里子。しかし誠の目は、冷めきっていた。

「じゃあな」

 たった一言を口にして、誠はアパートの部屋を出た。玄関のドアから絵里子の顔がのぞく。しかし誠は振り向かなかった。

 アパートの階段を下り、止めておいた自分のクルマへ向かう。乗車するとエンジンをかけずに携帯電話を取り出した。メモリされている番号をプッシュする。

「はい、ピザ・モントリアでございます。三十分以内にお届けに上がります」

「すみません、吉岡君いますか」

 店員が、アルバイトの吉岡に電話を渡す。

 吉岡が出ると誠は言った。

「悪かったな、部屋を間違えたフリをさせて。でもこれで、絵里子のことが分かったよ。もうアイツとは会わない。決めたんだ」

「そうか……。でもまあ、しょうがないさ。またいい子を探せよ」

 誠をタイムトラベラーにした吉岡が、元気な声で言った。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン45号(1998.5月号)掲載


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