ショートショット

置き換え

井上 優

 

「今年のプロ野球は、ドラゴンズが優勝するんだ」

「ホントに?」

 ドラゴンズファンの宮下がニヤニヤしながら聞く。妙な機械を見ながら話す相手は、初めて会った男だった。やはり宮下という名だ。こっちの宮下は、未来から来たと言っている。

「じゃあ、うちの社長はいつ変わるんだい?」

「来年だね。かなりの年齢だからな。副社長が後をつぐのさ」

 現代の宮下は、まだ信じられない。そこで、こんなことを聞く。

「じゃあ、僕が今からどこへ行くのか分かるかい?」

「もちろん。この時代ではコンビニって呼ばれる店へ、弁当を買いに行くんだ。今は、サケと梅干しと昆布のおにぎりにするつもりだろ? でもコンビニへ行くと気が変わる。サンドイッチの新製品がうまそうなんだ」

 これには驚いた。未来の宮下は、現代の宮下の行動を言い当てた。今、思っていることも当たっている。こんなことってあるんだろうか。

「あんた、本当に未来から来たのかい?」

「もちろん。未来ではタイムトラベルが可能になるんだ。だから俺が、こうしてここにいる。この機械は、これまであったこと、つまり俺にとっての過去を検索できるんだ」

 未来の宮下は、自慢げに話を続ける。

「そうそう、ここに来週の新聞がある。宝くじの当選番号が載ってるよ。あげようか」

「えっ! ホ、ホントに?」

 現代の宮下が喜ぶ。未来の宮下が手にした新聞は古くさく、茶色く変色して、周囲がぼろぼろになっていた。しかし日付は、来週のものだった。

「なんなら、競馬の結果を教えてあげてもいい。サッカーのワールドカップの結果はどうだい?」

 夢のような話だった。現代の宮下は、全部を聞きたかった。しかし、何かが頭の隅にひっかかっていた。来週の新聞をもらいながら、現代の宮下が言う。

「僕に未来のことを教えちゃったら、歴史が変わっちゃうんじゃない? 宝くじの当選者が変われば、当たるはずだった人の人生が変わるわけだし」

「大丈夫さ」未来の宮下は、こともなげに言った。「未来は決まっていないんだ。君が宝くじに当選したら、そこから新しい未来が始まる。それまでの未来は、なくなるんだよ」

「それなら、未来に生まれる人が生まれなくなるなんてことも出てくるんじゃないの?」

「もちろん出てくるだろうね。だから言ってるじゃないか、未来が変わるんだって」

「てことは、僕が何かをしたら、君は未来では存在しない人になる可能性もある?」

「確かにそうだね」

「それって、めちゃくちゃ大変なことじゃないか。だったら僕に未来を教えるのは、無謀ってもんじゃない?」

「そういう意見もあるけど、ま、いいじゃないか」

「でも……」

 現代の宮下は納得できなかった。この話が全部本当なら、世界が狂いだす。未来が変わる。

 そんな二十世紀人の思いをよそに、未来の宮下は、手にした機械の赤いボタンを押した。グリーンに光るスクリーン状のものに「時空移動保存機能」と表示された。彼はスクリーン上の「保存」ボタンに触れた。すると「古いあなたを新しいあなたで置き換えますか?」というメッセージが出た。彼は迷うことなく「OK」を押す。とたんに、目の前にいた現代の宮下が、跡形もなく消えてしまった。

「悪いな。俺はもう、未来へ戻れないんだ。向こうで死刑になるより、こっちで面白おかしく暮らした方がいいからな。それにしても、うまい具合に同じ名前の人物に出会えたもんだ。お陰で『置き換え』が簡単だった」

 未来の宮下は、不気味に笑いながら、ポケットに機械をしまった。

「二十三世紀の世界で時間旅行が禁止されてるなんて、二十世紀の宮下には分からなかっただろうな」

 時間旅行は未来を大きく変える。だから禁止されているのだが、もし未来へ帰らないのなら、タイムトラベラーには実害がない。ただ、誰かと自分を置き換えなければ、その時代へ入ることはできない。トラベラーがその時代へ入るには、そこでの「過去」が必要なのだ。だから「新規保存」や「名前を付けて保存」は、できないのだった。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン46号(1998.7月号)掲載


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