ショートショット

あいつは幽霊

井上 優

 

「今度こそ間違いないわ。今度は本物よ」

 聡子には自信があった。今までは、結構ハズレが多かったけど、今度ばかりはアタリだ。誰がなんと言っても、横山祐介は人間じゃない。絶対に幽霊だ。

 根拠はたくさんある。祐介がいつ、この会社に入ったのか、誰も知らない。昼食を食べているところを見たことがない。夕方になると体が透けて見えることがあると同僚が言ってる。祐介と一緒にトイレに入った男性社員がヒトダマを見たと言っていた。そばに寄ると、なんとなく生暖かい空気を感じる。額から血を流していても平気な顔をしていた。まだまだある。そしてどれもが、聡子の確信を裏付けるものなのだ。

 聡子は、本物の幽霊を見つけだすことに執念を燃やしていた。それはオカルト的な趣味といってもいい。幽霊を見つけたらどうするかは考えていない。ただ見つけたいのだ。

 確信を持った聡子は、祐介につきまといだした。三日とあけずに尾行する。しかしいつも同じ場所で見失う。総合病院と巨大な霊園が隣り合うあたりだ。それがまた、祐介が幽霊であることを示しているように、聡子には思えるのだった。

 祐介は、聡子がつきまとっていることに気づいていた。彼女が自分に好意をもって近づいているのではないことは、その表情や、しぐさからよく分かった。何かを探ろうとしている。それが祐介には苦痛だった。

「困ったもんだ。また静かに暮らせなくなる」

 その日も聡子は、祐介につきまとっていた。もちろん祐介は気づいていた。これほど尾行が続いたのでは、たまらない。この日、祐介は、意を決した。

 バスを降り、だらだら坂を上りだす。総合病院が見えてきた。反対側には、数千もの霊が眠る墓地が近づいてくる。病院の正門に近づいたとき、祐介は立ち止まった。尾行してきた聡子も立ち止まる。ぐるりと祐介が振り返る。電柱の陰に隠れた聡子に言った。

「そんなところに隠れていないで、出てこいよ」

「私がついて来てたの、知ってたの?」

「毎回、分かってたさ」

 ふーっと、太い息を吐く聡子。困った顔になった彼女を見て、祐介が言う。

「君が何を求めているのか、僕には分かる気がするよ」

「どういうこと?」

「つまり……」

 ふいに祐介が、聡子に背を向ける。同時に体中を小刻みに揺らしだした。祐介の背中しか見えない聡子は、何が起こったのか分からなかった。体調が悪くなったのかと心配になってきた。少しずつ祐介に近づく。あと二歩で手が届く位置にまで来たとき、突然、祐介が振り向いた。

「ギャー」

 聡子が、ティラノサウルスのような声を出した。その場に座り込む。腰が抜けてしまったらしく、立ち上がることもできない。彼女は、お尻と両腕で、地面をいざるように去っていく。

 祐介は、また聡子に背を向けると、そのまま歩きだした。数歩進んだところで、顔に付けたお面のようなものを地面に捨てた。そして言った。

「僕がこんな顔のお化けだったら、いいなと思ってるんだろ」

 祐介が捨てたお面は、口が耳まで裂け、とがった牙が無数にはえ、真っ赤な目をしていた。突然そんなものを見せられれば、誰だって驚く。もちろん聡子も驚いた。

 歩き去る祐介を見ながら、聡子は独り言を口にした。

「あいつは、タダの変人ね。幽霊なんてスゴイもんじゃないわ」

 期待を裏切られた聡子は、腰を気遣いながら来た道を戻り、バス停へ向かった。

 聡子が帰っていくのを確認した祐介は、ため息をついた。

「やれやれ、彼女にも困ったモンだが、これでもう、つきまとわなくなるだろう。放っておいてほしいんだよな、俺のことは」

 病院の正門から続く塀がとぎれるあたりに、墓地の入り口がある。そこまで来ると祐介の体が、ぼやけてきた。体を通して向こうの景色が見えてくる。そして彼の体は、空気にとけ込むように消えていった。

 安住の地を見つけ、ひっそりと暮らしていた幽霊の祐介は、また静かな暮らしを続けることができることになり、ホッとしているのだった。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン47号(1998.9月号)掲載


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