ショートショット

宿題

井上 優

 

「あ、ちょっといいですか?」

 コギャルに話しかけるのは初めてだった。精いっぱい誠意を尽くして話しているつもりだが、彼女らは私をバカにした目で去っていく。

 だいたいスーツ姿の中年男に街なかで「足の写真を撮らせてください」なんて言われるんだから、気味悪がって当然だ。それでも興味を持つ子もいた。

「ねえねえ、おじさん、ナンでこんなんやるわけえ〜?」

 いや、おじさんはね、好きでやってるわけじゃないんだ。足フェチでもなければ、変態でもない。これは純然たるお仕事、そう業務命令なんですよと説明しても「ぎょうむめいれいってなあに〜?」と突っ込まれ、二の句がつげなくなる。

 まあいい。小規模の靴メーカーに勤める私が「コギャルの足もとを調べてこい」と上司に言われてやっているだけのことだ。とにかく早く報告書を作ること。それが今の私にとって、唯一最大の目的なんだ。

 そんな私の苦悩をのぞき見するヤツがいた。

 五番目のコギャルグループと話しているときだ。背後に気配を感じた。誰かが見ている。いや、ただ見ているのではない。凝視している。誰だ、こんな恥ずかしい私に注目するのは。

 振り向いてみたが、それらしき人影はない。行き過ぎる人々の波があるだけだった。

 次のグループへの「調査」でも、また次のグループへの「調査」でも、やはり気配は続いていた。そして八つ目のグループと話をしているとき、私は気配と同時に振り向いた。会話途中だったコギャルが「キャッ」と小さく言った。それくらい私の行動は唐突だった。

 何かが光った。視界の右端で、確かに何かが光った気がした。なんだ? 太陽光線ではない。ショーウインドウの反射でもない。一瞬光り、それは終わった。

「フラッシュだ…」

 私は独り言を口にする。すると、珍しく好意的に話してくれていたコギャルたちが、気味の悪い者を見る目をして私から遠ざかっていった。

 誰かが私の写真を撮っている。なぜだ。上司が「勤務評定」のために尾行を送り出したのか。いやそんな人的余裕は、わが社にはないし、人を雇い尾行させる経済的余裕もない。ならば妻か? 私の帰りがいつも遅いことに疑問を持ち、興信所へ電話を…。いや、うちの経済状態で、そんなことができるはずもない。

 「マニアか」とも思ったが、こんな私を撮影したがるマニアなどいるはずがない。だったらいったい誰が…。

 疑問を持ちながら歩きだした。こうなると仕事どころではない。背後のカメラマンが気になって仕方がない。

 またコギャルのグループが近づいてきた。私は歩みを止め、彼女らに話しかけるふりをした。同時にとっさに振り向く。

 いた! カメラのレンズをこちらに向けたヤツが、私の数メートル後方にいたのだ。すぐさまそっちへ向かって走りだす。私が気付いたことに驚いたのか、そいつも逃げだそうとする。ちょっと待て。こいつ、見覚えがある。まさか…。

 数メートルを全力で疾走し、あたふたと逃げ去ろうとするカメラマンの肩をむんずと握る。キャップのつばを後ろに回してかぶっているそいつの体を、力ずくでこちらへ向かせると、中学一年のわが息子だった。

「な、なんでお前が父さんを盗み撮りするんだ!」

 私が一喝する。すると息子は悪びれもせずに言った。

「だから前に言っただろ。夏休みの宿題に『働くお父さんの姿』ってのがあるって。本当は会社へ行って調べなくちゃいけないんだけど、たまたま父さんが会社から出てくるのを見たから、ついてきただけじゃないか」

 な、なんだと。宿題だあ? そのために写真撮影をしていたというのか。カメラは私が買ったばかりのズームレンズ付きデジカメ。昼間、離れた人物を撮るのにフラッシュを焚くとは、お間抜けなことだ。

 私が、どう返答したらいいのか困っていると息子が続けた。

「それにしても父さんの仕事って変わってるね」

「うるさい。好きでやってるわけじゃない。会社の命令だから仕方がない」

「ほんとに? そうは見えないけどなあ」

 そう言いながら息子は、デジカメに備え付けられた小さな液晶画面を見せた。そこにはコギャルと話しながら、鼻の下を伸ばし、目尻を下げているうれしそうな私の横顔が、確かに写っていた。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン53号(1999.9月号)掲載


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