ショートショット

時間交換機

井上 優

 

 それはMDほどの大きさで、厚みは約二センチ。小さな液晶画面と、いくつかのスイッチが付いていた。値札には「時間交換機」とあった。タイムマシンのような物だろうか。商品名の横に「もちろんオモチャです」と書いてある。洒落の分かる店長のようだ。

 中古パソコンを探しにリサイクルショップへ来た横山だったが、この機械になんとなく惹かれた。おもちゃにしては高かったが、中古のパソコンよりはずっと安い。お目当ての物が見つからなかったので「時間交換機」を買うことにした。

 レジでお金を払う。胸のポケットに「店長の山田です」と書かれたプレートを付けた男が、ニヤっと笑った。横山も愛想笑いを返して「時間交換機」を上着のポケットに突っ込んだ。

 翌日は金曜日。根っからの仕事嫌いの横山は、壁の時計ばかり見ている。まだ午後二時の少し前だ。横山が溜息をつく。

 何気なしに上着のポケットに手を突っ込むと「時間交換機」に触れた。そうだ、これでちょっと遊んでやろう。机の下で封を開けると、さっそく説明書を読みだした。

 ワープロで作られたような粗末な説明書によれば、この機械は好きな時間幅で二つの時間を交換できるという。操作はいたって簡単だ。早速、今と、深夜の十二時をセットする。時間幅は一時間だ。もちろん本当に時間を交換できるとは思わないが。

 OKボタンを押すと、瞬時に周りの風景が変わった。と言ってもそれまで通り、会社の自分の席に座っている。ただ周りに誰もいないのだ。窓の外は暗くなっている。壁の時計を見ると十二時を差している。

「もしかして、これ、本物…?」

 横山は興奮した。「これはすごいぞ」の独り言を連発する。

 そのとき、ドアを開けて誰かが入ってきた。サングラスにマスク、ナイキのキャップをかぶった男だ。続いてもう一人。こちらも男だが、顔を隠していない。

 二人目の男が「やばい」と言った。「顔を見られた」とも言った。二人はすたすたと横山に近づく。一人が登山ナイフを持った右手を上げ、振り下ろした。声を出す間もなく、横山は刺し殺されてしまった。

 気が付くと、また自分の席だった。外が明るく、同僚の姿も見える。壁の時計を見ると三時だ。

「そうか、一時間たったんだ」

 やはり時間交換機は本物だった。横山がセットした一時間という時間幅で、今日の午後二時からと、夜の十二時からの時間が交換されたのだ。

「時間幅をセットしておいてよかった。でなかったら、俺は死んだままだった」

 生き返った気分の横山は、ほっと胸をなで下ろした。しかし問題はあった。今晩、十二時に強盗が入るのだ。誰かに知らせなくてはと思った。しかし待てよ。俺が「今晩、会社に強盗が入る」なんて言っても誰も信じやしない。それどころか、なんでそんなことを知っているんだと疑われるのがオチだ。それなら黙っていよう。夜の会社にいたのは自分だけだったから、自分がいなければ誰も殺されやしない。

 自宅へ戻った横山は、十一時過ぎに入浴し、日付が変わる少し前にベッドへ滑り込んだ。そして十二時。瞬きをした刹那、周りの景色が変わった。昼間の会社になったのだ。壁の時計を見ると二時。そうか、時間交換機は、時間を交換するわけだから、今からの一時間を「昼間の会社」で過ごすことになる。この一時間が終われば「交換」が完了する。

 自分の席で、横山は何度も壁の時計を見ていた。時間はなかなか過ぎてくれない。それでもようやく二時五十五分になった。あと五分で「交換」が終わる。

 そのとき上司の山崎課長が横山に声を掛けてきた。今日は残業をしろというのだ。横山のミスで大量の書類がダメになった。だからコンピュータ入力を一からやり直せというのだった。

 横山は、なんとなく不安になった。あと五分が過ぎれば「終わる」のに、ここへ来て残業を言い渡されたのだ。残業して、もし午前十二時まで会社にいたとすると、あの強盗がやってくる。それは困る。強盗は必ず横山を殺すからだ。

 いや待てよ。あと五分で終わる「交換」さえすめば、すべてが元通りになるはず。あと五分で自宅のベッドへ戻れるんだ。とにかく設定した時間幅が過ぎれば…。

 横山は、両目をぎゅっと閉じた。横ではまだ山崎課長がぶつぶつ言っている。そして三時を告げる社内放送が入った。同時にあたりが静かになった。

 ようやく「交換」が終わったのだ。これで安心して眠れる。横山はゆっくりと目を開けた。すると夜の会社で何かを物色する二人の男の姿が見えた。そして一人が横山を見て、「顔を見られた」と言った。


copyright 2001:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン62号(2001.3月号)掲載


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