ショートショット

尾行者たち

井上 優

 

 目標は大きな袋を持って歩いていた。もうどれくらいになるだろうか。さまざまな建物に入り、ぶらぶらと辺りを見渡しては出てくる。そんな行動を長い間、続けているのだった。

 尾行者の二人は、いい加減、嫌になっていた。目標の行動をつぶさに観察するのが今回の任務であることは分かっているが、ほんとに「あれ」を取得する場を抑えられるのかどうか、はっきり言って自信がなかったからだ。

 しかし心配には及ばなかった。尾行者たちにとって、今日はラッキーデーだったようだ。

 目標が白い建物に入っていった。道路に面した壁が透明のガラス張りになっているため、外から中の様子をうかがうことができる。しばらくは、大した動きをしなかった目標だが、次の瞬間、動いたのだ。ガラスの向こうで、目標が女に紙幣を渡しているのが見えた。金額は定かではないが、金の授受があったことは間違いない。さらに目標は、その女から、紙に包まれた何かを受け取った。あれだ。間違いない。事前の情報とも一致する。ガラス張りの白い壁の建物といい、受け取った包みの大きさといい、そして目標のあの満足げな表情といい…。間違いなくここで「あれ」の取り引きが行われたのだ。

 二人の尾行者は、そのまま目標のあとをつけた。バスに乗り、見慣れた街で降り、そして歩く。しばらくして、目標が二階建ての建物に入ったのをきっかけに、二人は走り出した。息せき切って建物に近づき、入り口のドアを勢いよく開け、転がり込むように部屋へ向かう。目指すは、目標が向かった部屋だ。

 そこには目標が一人で立っていた。突然、二人の姿が見えたことで、かなり狼狽している。

「あなたたち…」

 目標が言い出すのを止めて、尾行者の一人が言う。メガネをかけた小ぶりな男だ。

「今日こそ『あれ』を出してもらおう」

「『あれ』って何? いったい何を言っているの?」目標が言う。

「とぼけてもダメだ。この目で『あれ』を受け取るところを見たのだから」

「だから『あれ』って何よ」

「事前の情報からすれば、あんたは『あれ』にどっぷり浸かっているということだ。『あれ』がなければ生きていけないとも言っているそうじゃないか。俺たちはもう、放ってはおけないのだ」

「それって、もしかして『あれ』のことなの?」

「そうだとも」もう一人の尾行者が言う。目標よりも背が高い。「あんたがそれほどまでに惚れ込んでいるものであるなら、われわれも放っておくわけにはいかない」
 どうやら尾行者は、目標の上前をはねようとしているようだ。目標を非難するというより、自分たちにも「利得」を分け与えよと言っている。したたかな二人だ。

「でもどうして私が『あれ』を持っていると思うわけ?」

 目標もしたたかだ。一筋縄ではいかないようだ。

「われわれは見たのだよ」メガネが言う。「金銭と引き替えに、あの紙包みをあんたが受け取るところを」

「そうなの…」

 目標がうなだれる。二人に見られてしまったのなら仕方がない。どう言い訳をしても、許してもらえそうもない。目標は、二人の性格を知り尽くしていた。

「分かったわ」言いながら目標が冷蔵庫のドアを開ける。「本当は私だけのために買ったんだけど、しょうがない。分けてあげるわよ」

 言いながら、見覚えのある紙包みを開ける。中からは、白い物体がいくつも出てきた。

「これを見つけたときは、本当に感激したわ。だから独り占めしたかったけど、まあ、しょうがないわね」

「だって」のっぽの尾行者だ。「あんた、いや、母さんが電話で、自分の友達に『あの店のムースはめちゃくちゃおいしいわよ。子供になんか食べさせたら、もったいないくらい』って言うのを聞いちゃったのさ、僕ら。そんなことを言われたら、悔しいじゃないか。絶対に『あれ』を買うところを見つけて、僕らも食べてやろうと思ったんだ」

 母親がどっぷりハマりこんでしまったムースは、殊の外おいしかった。小学生5年と6年の兄弟は、ふわふわ触感を楽しみながら、満足げに微笑んだ。


copyright 2001:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン66号(2001.11月号)掲載


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