ショートショット

未来カメラ2

井上 優

 

 先月、吉岡道子は、恋人の木村孝治から「別れよう」と言われた。「仕事ができてハンサム」と評判の木村は、道子にとって自慢の彼。ところが木村に新しい彼女ができたというのだ。それは総務部の松田理恵子。木村の心を奪った女の存在を知った道子は、悔しくてたまらなかった。理恵子に復讐してやりたい。毎日そう思っていた。

 そんなある日、アルバイトで会社へ来ていた学生から、未来カメラの話を聞く。少し未来の写真を撮ることができるというのだ。それが本当なら使えると思った。理恵子がほかの男と会っているところを撮影できれば、そこへ木村を連れていけばいい。夜道を一人で歩いているところが撮れれば、そこを狙って叩きのめすこともできる。ビルの屋上に一人でいるところを撮影できれば、そこから下へ突き落として……。道子の発想は、だんだん過激になっていった。それほど木村を取られたことへの憎しみは大きかったのだ。

 学生から教わった店《奇妙堂》で未来カメラを買った道子は、帰り道にさっそく試してみた。デジカメ風のカメラで道を歩く人を撮ると、液晶風画面に、その男がタクシーに乗る姿が映っていた。散歩する犬を撮ると、画面には犬小屋で寝そべる犬の姿があった。これは本物だ。これなら使える。

 翌日、未来カメラを持って出社する道子。いつ撮影できるか分からないので、肌身離さず持っていた。

 昼休み、みんなが社員食堂へ向かう。道子も一人で向かう。そのとき、理恵子の姿が見えた。ほかの女子社員と一緒に、そろいの制服姿で社員食堂の入り口に並んでいる。道子の位置からだと、ガラス窓越しに見える。ちょうどいい。これなら理恵子に気づかれにくい。そう思った道子は、制服のポケットから未来カメラを出して、理恵子に向かってシャッターを切った。

 すぐに液晶風画面に映像が出てきた。それを見た道子の頬がゆるんだ。会社の制服姿の女が、駅のプラットホームから線路に落ちようとしている姿が映っていたからだ。電車がすぐそばまで来ている。自分が何かをしなくても、理恵子は事故で死ぬんだ。

 その日の道子は、とても気分がよかった。午後、上司から、市内にある取引先へ書類を届けに行ってほしいと言われたときでも、いつものように若手女子社員に押しつけるのではなく、二つ返事で会社を出た。

 取引先は、地下鉄で二駅行ったところにある。道子は、最寄りの駅で切符を買い、プラットホームに出る。昼間だというのに、たくさんの人がいた。アナウンスが、もうすぐ列車が到着すると告げた。道子は駅の真ん中あたりまで移動しようと、列車待ちの人々の前を歩きだす。しばらく進むと、ゴーという鈍い音が聞こえてきた。地下鉄が近づいているのだ。列車が気になり振り返る道子。音はどんどん大きくなってくる。そのとき誰かにぶつかった。反動で体が倒れる。まずい、と思った。線路へ落ちる。誰かが「危ない!」と叫んだ。もう遅かった。道子の体は、近づいてくる列車の前に落ちていった。

 落下しながら道子は思った。「ガラス窓越しに理恵子を撮ったからだ。あのガラス、私が映っていたんだ」

 未来カメラに写った制服姿の女性は、松田理恵子ではなく、道子自身だったのである。


copyright 2004:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン81号(2004.5月号)掲載


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