ショートショット

予知能力

井上 優

 

 数メートル先で、苦虫をかみつぶしたような顔をしてパソコンを見ている上司。その姿を見つめるルミコに、今夜の上司の家の様子が見えてきた。楽しそうに笑う子供たち。「家では結構いいパパなんだな」と思った。ルミコが自分の予知能力に気付いたのは、小学生のころだった。

 会社に入って十二年のルミコは、最近、取引先に勤めるコウジと仲良くなった。付き合いだして一カ月目、コウジとの未来を予知しようと思った。自分の未来を知るのは怖いため、今まで試したことはなかったが、今回は、どうしても知りたくなった。
 ルミコが念じる。一年先はどうなっているだろうか。しかし何も見えてこなかった。いつもなら頭の中に映像が広がるのに、あるのは、ただの闇。

「自分の未来は予知できないの?」

 独り言を口にするルミコ。そのとき、現実の世界で携帯電話が鳴った。コウジからだ。今夜、一緒に食事をしようと誘われた。「もちろん行くわ」と答えながら、ルミコは、さっき見た闇が気になっていた。

 付き合いだして三カ月目。その日、コウジは元気がなかった。ルミコが「悩み事でもあるの?」と聞くが、コウジは答えない。「なんでもない」と言うばかりだ。ルミコの問いかけが数度にわたったとき、ようやくコウジが重い口を開いた。

「実は妹が入院して特殊な手術を受けることになったんだ……」

「え? 大変じゃないの。特殊な手術だと費用もかかるんでしょ」

「実は……。三百万円かかる。でも両親は小さいときに死んでるし、俺、貯金はないし……」

 そう言ってコウジが頭を抱えた。

 ルミコが言った。

「いいわ、私が出してあげる」

「そんな、ダメだよ」

 押し問答が続くが、結局ルミコが手術代を出すことで話がまとまった。

 それから一カ月後。またコウジの元気がない。聞けば、妹を回復させるために、日本で未認可の特殊な薬が必要で、四百万円もかかるという。ルミコは、コウジの妹のためならと、今回もお金を出すことにした。

 さらに一カ月後、今度は妹の再手術が必要になり、五百万円かかるという。ルミコの貯金は残り少なくなっていた。そして、だんだん不審に思うようになっていった。

 車を運転するコウジが再手術の話をするのを聞き、ルミコが「妹さんがいる病院ってどこなの?」と聞いた。するとコウジは「お見舞いの心配はいらない」と突き放す。「病院くらい教えてくれても」と言うと、コウジの顔がだんだん険しくなっていった。それでもルミコは執拗に聞く。数度のやりとりの末、コウジが切れた。

「疑ってるな。そうさ、俺に妹なんかいやしない。俺は金が欲しいんだ」

 その言葉に、今度はルミコが切れた。こんな男のために、時間もお金も無駄にしてきたのかと思うと、頭に血が上った。気が付くと、男の腕をむちゃくちゃに引っ張っていた。

 二人がもみ合ううちに、車はガードレールを壊して崖から下へ……。

 落ちながらルミコは、すべてを悟った。自分とコウジの未来を予知したとき、なぜ闇しか見えなかったのかを。死んだあとの未来なんて存在しない。予知能力は、それを知らせてくれたのだった。


copyright 2005:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン88号(2005.7月号)掲載


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