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時間銀行

井上 優

 

「なあキミヒコ、時間銀行って知ってるか?」放課後、トオルが言った。

「なんだよそれ。時間を預かってくれるのか?」キミヒコが、バカにしたような口調で言う。

「そうさ、この専用無線端末機で申し込めるんだ。貸してやろうか?」

 トオルはニヤニヤしている。キミヒコは「何をバカなことを言っているんだ」と思ったが、不思議に心ひかれるものがあり、携帯電話ほどの大きさの端末機を借りることにした。

 学校帰りの電車の中。時間銀行にアクセスしてみた。どうやら本当に時間を預かってくれるらしい。自分の都合に合わせて引き出すこともできる。キミヒコはオモシロ半分で登録し、利用方法を確かめた。簡単に使えそうだ。

 その夜、試しに一時間だけ預けてみた。すると、八時だったはずなのに、いつの間にか九時になっていた。

 翌朝、寝坊した。電車に間に合わない。ふと時間銀行を思い出した。「試しに」昨日預けた時間を引き出すと、電車の時間が一時間先になった。

「マジかよ」

 独り言を口にしながら、キミヒコは自分がニヤニヤしているのに気づいた。そして壮大な計画を思いついてしまったのだ。

 今は四月。今日から夏休みまでの三カ月間で、ためられるだけの時間をため、夏休みに一気に使う。そうすれば、今年の夏休みは、めちゃくちゃ長くなる。これは、うれしい。

 すぐさま実行に移した。授業中に二十分とか、家に帰って一時間とか、小刻みに預ける。一度、睡眠時間全部を預けたことがあるが、次の朝、眠くて仕方がなかったので、以後はやめている。預けた時間は、自分のところからなくなるわけだから、徹夜したのと同じことになるからだ。

 三カ月が過ぎた。いよいよ明日から夏休みだ。さっそく時間の引き出しをしようと時間銀行にアクセスする。引き出し専用ページへ移動し「預時間の全部を引き出す」と指定。これでよし。今年は楽しむぞ!

 そして夏休みが始まったのだが、キミヒコの夏休みは、本当に本当に長かった。日にちが多いわけではないが、とにかく長い。遊びたいだけ遊び、寝たいだけ寝たが、まだまだ終わらない。いつまでたっても八月三十一日がこないのだ。

 どれくらい時間がたっただろうか。いくらなんでも長すぎる夏休みに、心配になってきた。

「もしかしたら、時間銀行で何かトラブルがあったのかも」

 専用端末機でアクセスした。自分の預時間状況などをチェックすると、引き出し時間が、なんと「百十二年」になっている。

「そんなバカな!」

 さらに調べると、次のような一文が目に入った。

「システムの異常により、現在、時間利(一般銀行の金利に相当)の設定が通常の数値をはるかに超えて稼働しております。ただ今原因を究明中です。しばらくお待ちください」

 なんということだ。そして、この一文の末尾を見た。そこには日付が書いてある。それは「二〇〇九年四月二十日」だった。

 キミヒコの夏休みは、すでに三年近く過ぎており、これからも百年以上、続くのだった。


copyright 2006:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン93号(2006.5月号)掲載


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