ショートショット

生まれ変わる

井上 優

 

 死神は成績が悪かった。このままではサタンに大目玉を食らう。なんとかしなくてはと考えあぐねていると、橋の上の男が目にとまった。さっそく地上へ舞い降りて「営業」にかかった。

 ヨシヒコは死のうと思った。これまで何度も失恋したが、今度のヤツは痛手が大きい。もう立ち直れない。

 彼女と別れた帰り道、いつも通る橋まで来た。飛び降りたい衝動に駆られ、欄干に手を掛けて身を乗り出すと、奇妙なことに目の前に男が現れた。黒いコートのようなものを着て、じっとヨシヒコを見ている。

「自分で死を選ぶんですか?」

 言われたヨシヒコが目を丸くする。突然、声を掛けられたことより、目の前の男が宙に浮いているのに驚いた。

「失礼しました。私、死神です」

「死神……」

 やはり俺は死ぬんだと思った。ところが死神は、ヨシヒコを連れて飛び立とうとはせずに、こう言った。

「自分から死ぬくらいなら、いっそ、生まれ変わってはどうです?」

「生まれ変わる? 一体、何にだよ」

「例えばチョウチョとか」

「チョウチョ?」声が裏返る。「チョウチョに生まれ変わっても、今の意識を持ったままじゃ悲惨じゃないか。人間に襲われるだろうし、うまいものも食えない。口といったらあのストローみたいなヤツだろう。嫌だな」

「そうじゃなくて、完全に生まれ変わるんですよ。それなら今の意識もなくなりますからね」

「なるほど。それなら花の蜜しか口にできなくても、なんの不満もないだろうな。でもそれじゃあ、生まれ変わったかどうか、分からないじゃないか」

「ま、確かにそうですね」

「生まれ変わったことが分からないのに、生まれ変わることにするのって、なんだか嫌だなあ」

「うーん、それって、あなたのわがままじゃないですか?」

「そう? 生まれ変わるのは面白そうだけど、自分が自分でなくなるのは嫌なんだ。とはいえ、今、あんたと話をしているのは楽しいけどね」

「死神の私と、生まれ変わりの話を続けることは楽しいですか?」

「まあね」

「こんな時間が続くといいな、と思うわけですね」

「ま、そうだね」

 ヨシヒコの言葉を聞くと、死神がニヤリと笑った。そして「お一人様、ご案内」と小声で言った。

        *

 ヨシヒコは、死のうと思って橋の欄干から身を乗り出した。すると目の前に黒いコートの男がいた。

「自分から死を選ぶんですか?」

 死神と名乗る男はこう言った……。

 ちょっと待ってくれ、この状況、この言葉、なんとなく記憶にあるぞ。ヨシヒコが目を見開いていると、死神が満面に笑みを浮かべて言った。

「生まれ変わったんですよ」

 こうしてヨシヒコと死神の無限のループが始まった。ヨシヒコにしてみれば、自分の意識が残ったまま、数分前の自分に生まれ変わることができ、なかなか快適だ。死神もうれしかった。ヨシヒコが、数分ごとに何度も生まれ変わるのだ。生まれ変わるたびに死ぬのだから、死神は何もしなくても、無限に成績を上げることができる。笑いが止まらなかった。


copyright 2006:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン95号(2006.9月号)掲載


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