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犯人は手をあげろ

井上 優

 

 「先生、大変だよ。あの花瓶が割れてるんだ!」

 六年一組クラス委員長のマモルが、職員室に飛び込んで来た。担任の里中キヨミは、受話器を下ろすと目をまんまるにして「え?」と言った。

「だから花瓶だよ。体育の授業の前か後に、誰かが割ったんだ。とにかく早く来てよ」

 マモルに促されるまま、教室へ向かう里中先生。マモルは「早く早く」と先生の手を引っ張る。

 教室では子供たちが、無惨に割れた花瓶を取り囲んでいた。八十個近い目が花瓶に注がれている。里中先生が片付けようと近づくと、メガネの女子が言った。

「誰がやったのよ。この花瓶は先生がクラスの担任になったとき、持ってきてくれたものなのよ。みんなの思い出の花瓶じゃないの」
「でもね……」先生が言い出すが、それを遮るように坊主頭の男子が言う。

「割れちゃったものは仕方がない。しょうがない、しょうがない」
 怒ってメガネが言う。「何ふざけてるのよ。こうなったら犯人を見つけるべきよ」

「そんなことより破片を……」先生が言い出すが、今度はチェックのスカートの女子が言う。「里中先生は、前の学校で泥棒を捕まえたのよ」

「ほんと?」「マジで?」「すっげー」クラスみんなが口々に言う。
「たまたま先生が言ったことを警察の人が聞いていて、捜査の役に立っただけ。先生が捕まえた訳じゃないわ」

 そんな里中先生の言葉を聞いても「じゃあ、先生に推理してもらおうぜ」「コナンみたいでかっこいい」と、子供たちは口々に言い出した。

「だからね……」先生が言い出すと、「でもさあ」委員長が言う。「たとえ先生に推理できたとしても、花瓶を割ったことを先生に突き止められるって、なんだか嫌じゃないか。そんなことより、割った子が自分から謝った方がいいよ」

「それができるくらいなら面倒はないよ。こんな騒ぎになっちゃってからじゃあ、割ったヤツも言い出しにくくなってるんだって」坊主頭が言う。

「確かにそうよね……」先生が言い、次の言葉を出そうとすると、副委員長の女子が勝ち誇った顔で言った。「それならいい方法があるわ。クラスのみんなが目をつむり、やった人が手をあげるの。それを先生に見てもらう。それならほかの子に分からないでしょ」

「でもそれは……」と先生が言うが、マモル委員長が口を出す。

「先生の推理で見つけられるより、その方がマシかもしれないね」

「それもそうね」チェックのスカートが引き下がる。

 結局、みんな自分の席につき、目をつむることになった。

 全員が机の上に左腕だけ置き、顔を乗せる。絶対に目を開けないと約束して、それは始まった。

 教室の中が静まりかえる。クラス委員長が言った。「花瓶を割った人、手をあげてください」

 緊張が流れた。カサリとも音がしない。

 先生がクラス中を見渡す。誰も手をあげない。そして里中先生が、そっと自分の手をあげる。

「電話が入ったと呼び出されて、職員室へ行っちゃったのがまずかったなあ」と心の中でつぶやいた。


copyright 2006:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン97号(2007.1月号)掲載


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