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欲しいもの

井上 優

 目覚めると暗かった。枕元のケータイは、午前二時を示している。もう一度眠りにつこうとしたとき、ベッドの足元あたりに誰かがいる気がした。ビビりながら起きあがって見ると、高校時代に同級だったサト子だった。

「六文いるの」

 サト子が言った。

「ろくもんってなんだよ。それにこんな時間にどうしたんだ」

 普通に質問したつもりだった。しかしよく考えてみれば、サト子がここにいること自体、奇妙だ。玄関と窓には鍵がかけてある。一体どこから入ったというのだ。

「六文でいいの」

 目の前にいる女は、どう考えても普通の人間ではない。しかし同級生のサト子だ。わがままで寂しがりやだったが、昔の仲間だ。俺は、怖いというよりも懐かしい気分になっていた。

 そして聞いた。

「どういうことだよ」

「私、昨日、死んじゃったの。これから三途の川を渡るんだけど、六文いるの。でも私、持っていない。これじゃあ、あの世へ行けないの」

 死後、三途の川を渡るときにお金がいるという話は聞いたことがある。それが六文だと、このとき知った。一文銭が六ついるようだが、今の世の中、古銭である一文銭などあるはずもない。そう告げると、

「おじいちゃんの古銭コレクションがあるの」と言う。

「だったら俺んとこじゃなくて、おじいちゃんのところへ出ろよ」

「おじいちゃんはずっと前に死んじゃってるわ。コレクションは今、ある場所にしまわれているの。それを取りに行くのを手伝ってほしいの」

 どうして俺に頼むのか分からなかったが、サト子は「この世のモノに触れられなくなってしまったから」と言う。そういうことなら仕方がない。俺は着替え、サト子と出かけることにした。

 彼女はふわふわ浮いて移動する。幽霊らしいといえばそうだが、なんだか妙だ。

 しばらく行くとコンビニの前で会社の同僚に会った。俺は「やあ」と適当にあいさつし、そのまま進んだ。同僚は妙な目つきで俺を見たが、気にしないことにした。幽霊と一緒に歩いていたなんて、会社で言いふらされたくないからだ。

 コンビニを過ぎてすぐ、古いお寺に着いた。本堂の奥にある倉庫に古銭があるという。無断で入るのも気が引けたが、サト子の「このお寺はうちの親戚なの」の言葉で気分が楽になった。

 隠れるように建っている倉庫には、鍵がかかっていなかった。ここから一文銭を六つ取り出せば、俺の手伝いは終わる。そう思いながら中に入ろうとしたとき、不意に後ろから右腕を引っ張られた。振り向くと、さっきの同僚がいる。俺の名を呼び「大丈夫か!」と真剣な顔で言う。

 いぶかしげに同僚の顔を見たとき、自分の足元に目がいった。よく見ると俺は、ガケのふちに立っていたのだ。同僚が引っ張ってくれなければ、危うくガケから落ちるところだった。

「一体どういうことなんだ」

 俺の独り言が終わらないうちに、ガケの先の空間から「チッ」と舌打ちする音が聞こえた。続いてサト子の声がした。

「一人で逝くのは寂しいわ」


copyright 2008:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン104号(2008.3月号)掲載


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