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ロバート

井上 優

 さほど大きな会社ではなかった。特に目新しい製品を販売している話も聞かれない。しかし近年、他社から注目されているようで、大手企業の重役連が頻繁に視察に訪れていた。ある意味、最先端の会社らしい。ただ社員には、それほどの先端技術を扱っているようには思えなかった。

 入社して七年の石倉マサシは、年度末の異動で超小型モーターを開発する部署に移った。この分野について何も知らない自分がなぜ移されたのか、全く分からなかった。

 案の定、新しい職場になじめない。ずっと「俺は能力が低い。会社に必要ない人間かも」と思っていたし、ヘタレな性格なので意欲が出ない。「こんな部署へ移したのは、俺を辞めさせるためか?」と疑ったくらいだ。

 一カ月ほどたったころから、同僚のロバートとよく話をするようになった。ロバートは、見た目は全くの日本人で、かすかに関西風のなまりでしゃべる。もしかしたらハーフかもしれないが、詳しくは聞かなかった。そんなことより、気の合う仲間ができたことの方がうれしかった。

 ロバートはマサシより先にこの部署へ来ていたが、仕事の覚えが悪かった。またマサシ以上のヘタレで、情けないやつだった。それ故マサシと気が合ったのかもしれない。

 訳の分からない部署に入ったものの、それなりにマサシは慣れていった。しかしロバートは相変わらずだ。気の合う同僚ゆえ、励ましたり応援したりするのだが、なかなか力を上げていかない。そのうち、どうしたらロバートの実績が上がるだろうかと、ヘタレのマサシが真剣に考えるようになった。反面、心の奥底で「俺もヘタレだけど、ロバートはもっとひどいな。俺の方がまだましだ」という思いが生まれているのに気づいていた。

 それから一年後、マサシは開発チームのチーフに昇格していた。モーターの「モの字」も知らなかった男がチーフである。マサシの昇格と同時に、ロバートは別の部署へ移っていった。

 異動の日、部署のみんなに見送られたあと、ロバートは一人、社長室を訪れた。中には社長以下、重役たちが並んでいる。入室すると、開発部長が言った。

「ロバートの業績は本物です。もはやこの分野では、うちは最先端です」

 聞きながら人事部長が言う。

「しかし社会的には問題ですよ。社員をだましている訳だし」

「だますなんて、人聞きの悪い。これはまさしく方便ですよ。われわれは良いことをしているんだ。これまでロバートとかかわった人間は、誰もが能力を上げているんですよ」

「確かにそうですが、しかし……」

 二人の会話を割って社長が言う。

「まあいい。生産性が上がっているのは確かだからな。とりあえずロバートを次の部署へ回してくれ。あ、その前に、顔をちょっとアレしてな……」

 開発部長に促されて、ロバートが社長室を出る。エレベータで最上階へ上がり、一番奥の部屋へ入る。彼専用の椅子に座ると、天井から奇妙な装置が下りてきて頭部を覆った。なにやら電気的な操作がされたあと、顔が取り外され、新しい顔になる。

 ヘタレロボットのロバートは、新たな顔と記憶を持ち、また次の部署で「社員能力開発」にあたるのだった。


copyright 2008:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン106号(2008.7月号)掲載


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