ショートショット

酔った夜は

井上 優

 それはまだ秋ぐちで、夏の暑さが残るころだった。久しぶりに会社の同僚と居酒屋へ行き、酔っぱらって帰ってきた。電車を降りる駅を間違えなかったから、泥酔はしていないと思うが、酔っぱらいは酔っぱらいだ。

 自宅に帰ると、電灯とテレビをつけ、居間のソファにごろん。案の定、すぐにまぶたが下りだした。「テレビを消さなくっちゃ」と思った記憶はあるが、気がつくと朝だった。

 軽い二日酔いの重い頭を回しながら、ふとテレビを見ると消えている。

「俺って偉いなあ。無意識のうちに消したんだな。電気代、もったいないもんな」と苦笑いした。

 独り暮らしは気楽だが、やらなければならないことが多くて大変だ。ゴミ出しのルールは覚えたが、たまに袋を間違えて、入れ直すことがある。飯は炊飯器が炊いてくれるが、フライパンは、ちょっと目を離すとすぐに煙を上げる。困ったものだ。

 忙しい朝を終え、会社へ向かう。おっとその前に仏壇だ。写真の妻に「行ってくるよ」と声をかけるのが日課になってきた。

 数日後、中学の同級会があった。私は家では飲まないのだが、こういう集まりがあると、つい飲み過ぎてしまう。この日も酔っぱらって帰り、くだんのソファで寝込んでしまった。

どれくらい時間がたったのだろう。まだ暗いうちに目が覚めた。トイレへ行こうと立ち上がったとき、奇妙な光景が目についた。私のいる居間から廊下へ抜けるドアが、数センチ開いているのだ。帰宅したとき、確かに閉めたはずだ。ドアを少し強く閉めすぎて音を立てた記憶がある。なぜ開いているのだろうか。少なからず恐怖を感じ、身を縮めた。

 その日から、夜になると、やたらと家の中が気になるようになった。ドアがまた開いているのではないか、何か恐ろしいことが起きるのではないかと気が気ではない。金縛りにあったらどうしようとか、お経を覚えようかなどとも考えた。怪異とは無縁な暮らしを続けてきただけに、少しの異変が恐怖へと変わる。しかしその後は特に何もない毎日が続いた。

 年が改まり、早二月。会社の同僚が転勤することになり、課内で歓送会を実施した。この日はとりわけ寒かったので「体の中から温めるぞ」とバカを言い、しこたま飲んでから帰宅した。

 いつものように居間のソファになだれ込み、いつものように眠ってしまったのだが、深夜に目が覚めた。腕時計で時間を見ようとしたとき、自分の体に毛布が掛かっていることに気がついた。いつも寝室で使っているものだ。自分で取ってきたとは考えにくい。誰かが掛けてくれたことになる。

 そのとき耳元で、声が聞こえた気がした。

「あなたは酔っぱらうと、いつもそうだから……」

 妻の声に思えた。そんなはずはない、彼女は一年前に亡くなっているのだから。でも……。

 それからの私は、何かが少しだけ変わった気がする。相変わらずゴミの袋を間違えるし、目玉焼きを焦がしたりするが、何かが違う。そして独りで居ることが寂しくなる夜には、自宅で少しだけ酒を飲むようになった。目覚めたとき、妻が何をしてくれたかを見るのが楽しみだからだ。


copyright 2009:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン110号(2009.3月号)掲載


Shortshot へ