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夫からのメール

井上 優

 夫が亡くなって一カ月半。あの人がいない生活に慣れだしたころ、私のケータイに妙なメールが届いた。

 文面には「玄関の掃除くらいしたらどうだ」とある。送り主は夫……。

 寝室にあった夫のケータイを見ると電源が切れている。それを手に、この春、会社に入ったばかりの娘に尋ねたが「私じゃない」と言う。死んだ夫が送ってくるはずもなく、私は首をひねるばかりだった。

 居間へ戻り、夫の電話をテーブルに置いて、もう一度メールを見る。

「玄関の掃除か……。死んでも口うるささは直らないわけね」と独り言が口をつく。

 夫とは、仲が悪いわけではなかったが、よく口喧嘩をした。細かなことが気になるタチらしく、事あるごとに文句を言ってきた。私は至って大らかな性格なので、小さなことが気にならない。だから喧嘩になってしまう。

 夫との暮らしを思い出していると、またメールが届いた。

「玄関の掃除、まだだな」

 また夫だ。そんなはずはない。夫のケータイには電源が入っていない。気味が悪くなり、私は玄関へ向かう。ほうきを出して三和土を掃く。掃除を終えるとまたメールが届いた。

「きれいになると気持ちがいいだろ」

 ケータイを落としそうになる。誰もいない玄関で、あたりをきょろきょろと見回してしまった。

 翌日も夫からのメールが届いた。

「庭の草が伸び放題だ」「今朝の味噌汁は味が濃い。血圧に悪いぞ」「今日は不燃ゴミを出す日だ。忘れるなよ」

 これじゃあ、夫が生きているときと変わらない。夫からであろうメールが届くのは、なんだかうれしいが、文句ばかり言われていては気分が悪い。夫が生きているときは言い返すことができたが、今はそれもできない。

「いい加減にしてよ。あんた、死んでも私に文句を言いたいの?」

 私の言葉が届いたのか、しばらくするとメールが来た。

「時間が……ないんだ……」

 意味が分からなかった。死んだのだから、時間なんて関係ないはず。訳が分からず、私は頭をかきむしった。

 翌日は、朝から忙しかった。来客は多く、料理の準備もしなければならない。仕出し屋への連絡、お茶菓子の用意、大量の座布団出しと走り回っていた。目が回りそうな忙しさの中、またメールが届く。

「お客に失礼のないようにな」

 こんなときにメールしないでよと思う。しかしそれに続く文章を読んだとき、私の動きは止まってしまった。

「じゃあ俺、行くから。もう戻れない。最後に一言だけ。今まで本当にありがとうな。お前には感謝している。お前がいなかったら、俺、ダメだったから。じゃあ……」

 ケータイの上に水滴が落ちた。あわてて拭き取るのだが、続けていくつも落ちてくる。鼻水も出てきた。

「何よ、それ。今ごろそんなこと言わないでよ。生きてるときに、ちゃんと私の前で言ってよ」

 涙が止まらない。文句はたくさん言うくせに、こんな大事なこと、今まで一度も言わず、今ごろ……。

 前方から娘が近づいてきて言った。

「お母さん、そろそろだよ」

 死者を天国へ送るための四十九日法要が始まった。


copyright 2009:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン112号(2009.7月号)掲載


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