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糸山係

井上 由

 社内異動で総務部管理課資料係に配属された。課長が「糸山係に女性が回されるのは珍しいな」と妙な言い方をした。糸山係って何だ?

 二週間ほど過ぎたころ、係長から、とある資料を揃えるように言われ、地下にある資料室に初めて入ることになった。係長は私に綴りを渡して「資料室へ入る前に必ず読んでおくように」と言った。綴りの黒い表紙には「糸山関係」とあり「重要」の赤い文字も見えた。

 さっそく初めのページを見ると「資料室から出る際は、必ず消灯すること」とあった。奇妙だった。資料室は地下にあるため昼間でも暗い。入室時には当然電灯をつけ、退出時に消す。どうしてこんな当たり前のことが書かれているのか分からなかった。綴りの先も読んだが、大したことは書かれていなかった。

 午後四時。一人で資料室へ行く。カギをあけ、入り口付近の壁にあった四つのスイッチをオンにすると、室内が明るくなった。

 指示された資料は、なかなか揃わなかった。二時間ほど過ぎたころ、室内の状態をそのままにしてトイレへ行った。戻ってきたとき、机の上に見覚えのない書類が二十センチほどの山になっていたが、誰かが来たのだろうと気にしなかった。

 その二時間後、廊下の自動販売機で缶コーヒーを買った。戻ると二十センチの山が二つになっていた。おかしい。自販機は資料室のドアから数メートルしか離れていない。誰かが入室すれば分かるはずだ。

「疲れているんだわ」

 自分にそう言い聞かせ、作業を明日に回すことにした。コーヒーを飲み干して自販機横の空き缶入れまで来たとき、係長が階段を下りてきた。そして資料室の入り口を見ると顔色を変え、大声を出した。

「おい、何をやっているんだ。電気がついてるじゃないか」

 空き缶を捨てに来ただけだから、当然、電灯はつけっぱなしだ。

「早く消すんだ。今日はもういい」

 言われて私は入り口へ急いだ。入室して壁のスイッチを順にオフにする。最後のスイッチをオフにする寸前、室内に目が行った。林立する資料棚の間に人が立っているように見えた。係長は消灯を確認すると「早く出ろ」と言い、ドアにカギを掛けた。そしてこう言った。

「またお祓いをしなくては」

 私がモノノケを見るような顔で係長を見ていたからだろうか、彼は小さく笑うとゆっくりと話しだした。

「漢字の山の三本の縦線の間に、それぞれ糸を書くとどうなる?」

 山に糸二つ。そうか「幽」だ。

 私の言葉を聞いて係長がうなずいた。そして言う。

「この会社は建物が古く、いろいろ不思議なことが起きる。その処理も管理課の仕事なんだ。特に資料係のな。うちの係が糸山係と呼ばれる理由、もう分かったよな」

 そこまで聞いて全身が粟立つ思いがした。ということは、さっき資料室で見た人影は、幽霊なのか……。

 係長と二人で階段を駆け上がりながら、私は黒表紙の綴りの二ページ目にあった文章を思い出していた。そこには「二階の給湯室は、必ず二人以上で入ること」とあったのだ。


copyright 2011:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン126号(2011.11月号)掲載


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