ショートショット

同期箱

井上 由

 気弱なユミは、会社の同僚のトモヤに思いを伝えられないでいた。片思いを続けるのはつらい。そこで友達のキミ子に相談してみた。するとキミ子は、こともなげに「同期箱を使ってみたら?」と言った。同期箱はシンクロ箱とも呼ばれ、奇妙堂という店で売っており、他人の思いや記憶を知ることができるという。

 翌日、早速、同期箱を買い求めたユミは、家に戻ると店主の説明を思い出しながら試してみた。

「まず箱を開けて、相手の名前を書いた紙を入れるのね」

 トモヤの氏名を書いた紙を入れ、蓋を閉じる。そして一心にトモヤのことを考える。ゆっくりと十まで数えてから蓋を開けると、ユミの頭の中に、さわやかな草原の映像が広がった。すぐ近くには大きな山も見える。その映像は、人の目線になっているような動きをした。

「これって、トモヤ君が見た景色なのね」

 トモヤの記憶とユミの意識が同期している。ユミの頬が自然に緩んでいった。

 映像が動き出す。草原から森へ入って行く。ゆっくりとした歩調だ。ハイキングかキャンプの一幕なのだろうか。トモヤはこの自然を楽しんでいるのだろう。そんなことを考えていると、トモヤの息づかいが聞こえてきた。足だか荷物だかを引きずるような音もする。きっとここまでたくさん歩いたのだろう。疲れて息が切れているのだ。ユミはそっと「休憩してね」と声を出す。トモヤに聞こえるはずもないのだが。

 同期箱は素晴らしい力を持っていることが分かった。ユミはトモヤと二人っきりの時間を過ごしているような気分になり、大いに満足した。

 翌日、会社でトモヤに会った。同期箱のことは内緒だが、ハイキングの話は聞いてみたい。ユミがトモヤに話しかける。

「トモヤ君って、最近、どこかの森へ行ったでしょ」

 いたずらっぽく話すユミ。トモヤを驚かせようと思ったのだ。

 案の定、トモヤは驚いた顔をした。ユミは、二人だけの秘密ができたような気がしてうれしかった。しかしトモヤの驚き方は尋常ではなかった。目を見開き、ユミに詰め寄ってきた。

「お、お前……。どこまで知っているんだ」

 何を言われたのか理解できないユミはたじろぎ、思わず三歩、後ずさりをした。

 トモヤは、なおも詰め寄る。

「何を見た! 穴も見たのか!」

 あまりに強い言葉だったため、ユミは目を伏せ、下を向いた。トモヤがどうして怒っているのか分からなかったが「穴」という言葉を聞いて思い出したことがある。森の中に、掘られたばかりの穴があった。友達を驚かせる落とし穴だとばかり思っていたのだが……。

 「あの穴って……」と言いかけたユミの言葉が止まった。何かがおかしい。友達を驚かせる穴をトモヤが一人で掘ったのか? なぜ映像には誰も映っていなかったんだ?

 ゆっくりと顔を上げると、恐ろしい表情をしたトモヤが、ユミに掴み掛かろうとしているところだった。


copyright 2013:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン134号(2013.3月号)掲載


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