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糸山係2 給湯室

井上 由

 気がつくと会社の医務室のベッドにいた。

 確か三時のお茶をいれるため、ヨウ子先輩と二人で給湯室に向かったはずだ。二人で入ろうとしたとき、先輩がマグカップを忘れたと言って自分の机へ戻った。

「マスミちゃん、そこで待ってて」

 そう言われて私は立ち止まった。ふと下を見ると左足が給湯室に踏み込んでいる。慌てて足を引っ込めたのだが、その後の記憶がないのだ。

 足を引っ込めたのには訳がある。私がここ総務部管理課資料係、通称糸山係に来たころ、係長から読むように言われた黒表紙の綴りに「二階の給湯室は必ず二人以上で入ること」と書いてあったからだ。何人で入ろうがどうでもいいと思えるが、この部署へ来たころ、地下の資料室で奇妙な体験をしたことから、綴りにある内容に敏感になっている。

 ベッドの上で起き上がり、飛んだ記憶を探っていると係長がやってきた。「よお、大丈夫か」と言い、私が四階のトイレの前で倒れていたことを教えてくれた。気を失った私は、いったいどうやって二階の給湯室から四階まで行ったのだろう。

 糸山係の綴りにあった内容のこともあり、私は給湯室が怪しいとにらんでいた。そこで係長に聞いた。

「給湯室って何か、いわくがあるんですか?」

 係長は「気にするな」と言ったが、突っ込むと答えが返ってきた。

「会社の創業時は二階建ての社屋だったが総二階ではなく、二階の半分は屋上緑地になっていた。その隅っこに小さな祠があったんだが、五十年ほど前に今の四階建ての社屋になったとき、祠は屋上に移された。つまり以前、祠のあった場所は、現在の二階の給湯室なんだ」

 そして付け加えるように、ぼそりと言った。

「あそこに一人で入ると失踪するんだよ。今までに四人」

「えっ……」

 失踪だなんて、穏やかではない。もっと聞こうとしたが、係長は首を横に振り、それ以上聞くなと私に無言で伝え、医務室から出ていった。

 それからしばらくして、私は医師の了解をもらって二階の職場へ向かった。医務室のある一階から二階の廊下まで上がったとき、職場の反対方向にある給湯室に目がいった。とそのとき、ドアの付近に白い人の形のようなものが見えた。

「何だろう、あの白いものは」

 私が独り言を口にすると、いつの間にか背後に来ていた課長が私に話しかけた。

「君で五人目か……。ちゃんと戻ってこられたのは二人目だが」

「五人って失踪した人のことですか。戻った一人目は誰なんですか」

 私の問いに、課長は給湯室とは反対側の廊下の先を目で示した。そこには係長がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 係長が私たちの前まで来ると私が言った。

「やっぱり給湯室って何かあるんですね。白い変なものが見えました」

 すると係長が大きく見開いた目で私を見た。そして急に肩を落とすと、小さな声でぽつりと言った。

「君にも見えたのか」


copyright 2013:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン135号(2013.5月号)掲載


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