ショートショット

娘が送る写真

井上 由

 娘が就職して一年がたったころ、突然「独り暮らしをする」と言い出した。「私にぴったりな場所を見つけたの。もうアパートも決めてきた」と勝手なことを言う。母親の私は大反対だったが、おとなし過ぎるくらい物静かな娘の一大決心を喜んだのか、主人は「まあ、いいじゃないか」と言い、それは決まってしまった。

 とはいえ私は心配で仕方がない。そこで「必ず毎日、電話かメールで連絡すること」を独り暮らしの条件にした。娘は「メールなら」と承諾した。

 引っ越し後、初めのうちはちゃんとメールが送られてきたが、しばらくすると途切れがちになった。そこで私は「一言でもいいから送りなさい。なんなら携帯で撮った写真だけでもいいから」と伝えた。その日から娘のメールは写真だけになった。

 それからというもの、夕食の写真が送られてきたり、新しく買った食器の写真が送られてきたりした。会社帰りにバス停で撮ったであろう風景写真もあったし、新しいコンビニの写真だったこともある。それらを見ながら私は安心していた。それなりにちゃんと暮らしている風が見て取れたからだ。

 娘からの写真が変化していることに気づいたのは、いつだっただろうか。送られてくる写真に、狭い路地が増えていた。また背の高い草が生えた空き地や、民家の庭先のような写真もあった。それらの多くは、夜に撮られた暗い写真だった。また写真の目線も気になった。膝くらいの位置から撮られたものが多くなり、ときには民家の塀の上から下を眺めているようなものもあった。

 写真自体は特に異常なものとは言えなかったが、被写体が以前と明らかに違うし、撮り方も全く違う。まるで別人が撮っているかのようだ。私の心配は日を増すごとに大きくなっていった。そしてある日、たまらずに娘のアパートを訪れた。

 日曜日の午後だったが、娘はいなかった。持ってきた合い鍵で部屋の中に入る。

 しばらくすると玄関の開く音がし、娘が帰ってきた。「一体どこへ行っていたの」と小言を言うと「いつもの散歩」と、うつろな目で答える。私が心配している事柄を話しても「気にしすぎよ」と小さく笑うだけだった。

 娘の口もとがほころび、その目が大きく瞬きをしたとき、どこからかカシャっという音が聞こえた。不思議に思って周りを見だしたとき、私の携帯電話が鳴った。バッグから取り出す。メール着信だ。送信者は娘。いつものように写真だけだが、それは今この部屋にいる私を撮ったものだった。娘は今、携帯を手にしていない。一体どうなっているのだ。私は混乱した。

 そのとき玄関のドアが独りでに開き、一匹の黒猫が入ってきた。猫がニャーと鳴くと、娘がそちらに顔を向け、同じ声でニャーと言った。私の方へ顔を戻したとき、娘の瞳は糸のように細くなっており、手の甲には白い毛がびっしり生えていた。その手を黒猫に向けながら娘が言った。

「この子と一緒だと救われるの。もう私、戻らない」


copyright 2013:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン136号(2013.7月号)掲載


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