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糸山係3 屋上への階段

井上 由

 四階での作業に疲れ、外の空気が吸いたくなった私は、ポニーテールの髪をほどきながら屋上へ続く階段を上った。ふと「お昼は何にしようか」と独り言が口から出た。すると声が聞こえた気がした。たぶん「カルボナーラ」と言っていた。

 それを聞いた私が言う。

「カルボナーラは昨日、食べたからなあ。カルボナーラのら、ら。そうだラーメンにしよう。ラーメン」

 大きな独り言だ。恥ずかしくなって周りを見回したが誰もいない。

 そのとき突然、両目から涙がこぼれてきた。ハンカチを出してふいたが大量に出てくるため、階段を降りて二階の総務部へ向かった。

 自分の職場へ戻ると、係長がこちらを見た。悲しくて泣いていたのではないと弁解するために近づき、顛末を話すと、係長はこう言った。

「屋上へ出る階段へ行ったな。綴りをちゃんと読んでおけよ」

 総務部管理課資料係、通称糸山係に転属になった際に係長から渡された綴りには、たいしたことは書かれていなかった。しかし資料室や給湯室で奇妙な体験をした私には無視できない内容だった。さっそく黒表紙の綴り『糸山関係』を読んでみた。

 数ページ進むと、屋上への階段の項があった。そこには「それが始まったら自分から終わらせてはいけない」とあった。「それ」ってなんだろう。係長に問うと「さっき体験しただろう」と言う。さらに問うと「らの付く言葉としてラーメンって言っただろう」と言ってきた。

 もしかして、しりとり? しりとりが始まって、私が終わらせたの? 頭の中がハテナマークだらけになった。そんな私を見て係長が言う。

「五十年前、社屋が四階建てになった話はしたよな。そのころ屋上で花見会があった。川沿いの桜が屋上からよく見えるからな。で、当時の社長が、その会に社員の家族も呼んだそうだ。そこで事故が起きたんだ」

「事故、ですか」

「うん。当時の生産部長のお孫さんが、屋上へ続く階段で、転げ落ちて頭を打った。幼稚園児なのにいろんな料理を知っていて、花見会も楽しみにしていたそうだ。事故が起きてすぐ病院に運ばれた。医者は大丈夫だろうと言ったが入院が必要となり、両親が看病をしたそうだ。でもな、子供だからおとなしくしていないんだよ。そこで親御さんが、しりとりをしようと提案した。子供はたいそう喜んで、来る日も来る日も、しりとりをせがんだそうだ。そしてある日、しりとりの最中に容態が急変して、その子は亡くなってしまった。だから今でもしりとりを続けているのかもしれないな」

 翌日、私は自分で作ったお弁当を持って出社した。昼休みにそれを持って屋上への階段へ行き、一番上の段に腰を下ろした。弁当箱を開けておかずを箸でつまみ、宙に上げて「ウインナー」と言う。するとすぐに「菜飯」と返ってきた。続いて「シナチク」と言うと「クジラ肉」と返る。私が「串揚げ」と言うと「げその天ぷら」と聞こえた。そして私は「ラーメ……」と言いかけた言葉を飲み込んで「ラッキョウ」と言った。すると「ふふふ」と楽しげに笑う声が聞こえてきた。


copyright 2015:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン146号(2015.3月号)掲載


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