ショートショット

ループ

井上 由

 玄関にある下駄箱は、私の胸より少し低いくらいの高さで、上部に物が置けるようになっている。そこに置いた花瓶に数本の花が挿してあるのだが、枯れかかっていた。「ああこの花、もうすぐ死んじゃうのかな」と思ったとき、手の中でケータイが震えた。彼からだ。最近、ほとんど連絡がなく、寂しい思いをしていた私は、画面に出た彼の名前を見てほほえんだ。すぐに出たのだが、電話の中から聞こえた言葉に、私の頭の中は真っ白になってしまった。気がつくと大声で叫んでいた。「嫌! 嫌よ、絶対に嫌!」

 その花は、駅前の花屋さんで買った。きれいに咲き誇るたくさんの花の中で、輪ゴムで束ねられた数本だけが少し萎(しお)れていた。なんだか哀れだった。今の自分に似ている気がした。無意識のうちに手に取り、店員に渡す。エプロンをした店員は「これでいいんですか?」と、少し申し訳なさそうな顔で言ったが、私は黙ってうなずいた。

 買ってきたばかりの花を下駄箱の上の花瓶に挿す。元気になるようにと、水を多めにあげた。

 数日が過ぎたころ、出掛けに下駄箱の上の花を見た。枯れかかっていた。「ああこの花、もうすぐ死んじゃうのかな」と思ったとき、手に持ったケータイが振動した。彼からだった。久しぶりの連絡にほほえみながら出たが、彼の言葉を聞いて私の頭の中が真っ白になった。気がつくと「嫌!」と叫んでいた。

 買ってきた花を玄関の下駄箱の上に飾った。少し萎れているが、水をあげれば大丈夫だろうと思った。数日後、出掛けに花を見ると枯れかかっていた。「この花、もうすぐ死んじゃうのかな」と思ったとき、ケータイに電話が入った。彼だった。ほほえみながら出ようとしたとき、違和感を覚えた。この場面、前にもあった気がする。デジャブ? いや、そんなんじゃない。何かがおかしい。奇妙な気分になりながら、久しぶりにかかってきた彼からの電話に、うきうきしながら出た。しかし彼の言葉を聞いたとき私は混乱し「嫌!」と叫ぶばかりだった。

 買ってきた花を下駄箱の上に飾った。数日後、出掛けに花を見ると枯れかかっている。「もうすぐ死んじゃうのかな」と思ったとき、違和感を覚えた。そして私は、これから何が起きるのかが分かる気がした。そう、最近冷たくなった彼から久しぶりの電話があるんだ。そして私は「嫌!」と叫んでしまう。でもその行動は、間違いなのかもしれない。そんな気がした。

 落ち着いて電話に出る。彼は別れたいと言ってきた。もちろん私は嫌だった。でも……。そして言った。「分かりました。今までありがとね。さようなら」

 それからは駅前で花を買うこともなかった。下駄箱の上に少し萎れた花を飾ることもなかった。あのとき花屋で萎れかかった花を見て、私はその姿に自分の哀れさを重ねていたのだろう。でも花は、私よりしっかりしていた。何度もチャンスをくれ、私が冷静になるまで根気よく同じ時間を繰り返してくれた。

 今、下駄箱の上には、名前の分からない観葉植物が置いてある。


copyright 2015:Yuu Inoue(Masaru Inagaki) ffユニオン151号(2016.1月号)掲載


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