口上

ココニ紹介スル文章、古キワープロ(著者注:バベルノ塔建設ニ立会イテ言葉失ヒイシ者タチノ子孫後世ニナリテ後、失ワレタ言葉ヲ機械ノ力ニテ見ツケヨウトシタト思ハレル。ワープロハ其機械ノ一種ナリ。本来ノ名ヲワードプロセッサト言ヒ、其名ノ示ストオリ、失ワレシ単語ヲ見ツケルタメニ使ワレタ道具ナリ。)ノ中ヨリ発見サレタ文書ナリ。

コレハ1987年初春ニ鈴木某君ノ一行、今ノ埼玉県秩父近辺ニ旅シタトキノ紀行デアル。彼ノ地現在デモ不可思議ナコト多ク有レドモ、昭和ノ頃ノ様子更ニ謎多々有リ。コノ紀行文、当時ノ秩父ノ有様ヨク現シテオリ後々ノ学問ノ良キ参考トナルモノト思ワレル。

尚、同君ノ一行、同ジ所ヨリ見ツケラレタ書簡ニヨレバ次ノ通ナリ。

西域物語題目

西域物語

一西域郷は、今の秩父の山間部にて、山々に囲まれた土地なり。新町村にては、埼玉と東京に分かつ。近代或は秩父とも称し、中古には西域郷とも呼べり。今日栄たる秩父郷への入口にて、東の関所に栄えたる町なり。此の地には、秩父の停車場にて汽車を下り、西域郷行きの汽車に乗り換えること数分、西域郷に至り。

*西域郷の名江戸時代より呼ばれたる名なり。以前の名称伝えられず。

二西域郷には、武甲の山々有り。此の山々に古くより東国の神々集まりて、神事執り行いたり。神々集まりたるとき人々は、この神々に神酒を振舞う習わしなり。ある年に越後の八界の神山遊びに興じ、神事に遅れたり。八界の神痛くこれを病んでかの山より岩を割り西域郷までの井戸を作り、これにかの地の神酒を注いで送りたり。西域郷の酒造は、このときより始まりぬ。このこと伝えられて、かの地の酒は八海正宗、此の地の酒は武甲山と呼ばれる。

三旧家にはザシキワラシと云ふ神すみたまう家少なからず。此神多くは十二三ばかりの童子なり。折々に人に姿見する事あり。西域郷には今だザシキワラシ少なからず住み着きたり。ザシキワラシ人と戯れることを好み、遠方よりの旅人きたるときには停車場まで迎えに出ることもあり。

四鈴木なにがし君の一行、停車場にて皆の集まりたるを待てるときザシキワラシに行き逢いて大いに驚きしことあり。鈴木君の一行時間通りに皆が集まること希なれども、このときばかりは時間前に、人数集まりてさてこれはと数を数えれば一人余りたり。さてはザシキワラシなりけりと思へり。

*ザシキワラシは座敷童衆なり。此神のこと「石上問答」168頁にも記事あり。

五鈴木君一行西域郷のやどにて宿泊したる晩、部屋にいっぴきの仔猫迷い来たれり。皆此の猫愛でし後に外に放ちたり。翌朝宿を暇する際に門柱を見上げれば昨夜の猫とよく似た招き猫あり。さてよく似たものよと宿の主にたずねれば、あれは置物にあらずしてもとは生きていた猫なりと答へる。生きている猫が置物に見えるのは不思議なこととよく聞けば、元は猫なれども今は置物と云ふ。以前飼いたる猫の子ある日、門柱に登たり。猫は木に登のは得意なれども降りるに降りられずそのまま招き猫に変わったものなり。此の猫招き猫にかわりたれども時々人目を盗みて猫の姿になり宿の中を歩くと云ふ。

六翌日一行は卵水を探しに出たり。卵水に行き当たる途中に古びたキャンプ場あり。此のキャンプ場明治の頃栄たれども今では打ち捨てられたも同然なり。ここに十数のバンガローあり。これは二畳ばかりの広さにして、入り口の外に小さな窓一つあり。幾つかのもの窓さえなきものあり。その一つに外から鍵の掛かりて開かぬものあり。いつのころからか開かずの小屋と呼ばれぬ。この中に旅人閉じ込められたりと伝えられ、今でも夜には中から微かな音聞こえると云ふ。おおかたいたちでも住つきたるものと思われる。窓とて無いので中の様子窺い知るすべなし。

七卵水への途中にタコガエル住みたると云われる沢有り。タコガエルは淡水に住むタコなれどもその姿カエルに似て、その歩きたる様もカエルに似たるところからその名つきたり。今は数も少なく、見つけること難し。

八卵水は不思議な土地なり。他所に似たるところ無し。土地のものでもその正確な有り所知るもの少なき。卵水の有りたること明治の頃になりても、西域郷の外のもの知らずにあり。大正に近付きてから卵水広く知らせられたり。されどもその有り所知らされずにいたので、卵水を訪れたものは僅かなり。卵水その余りの変わりたる様に、西域郷の外の地の者なかなか信じず様々な話作られり。

九卵水は川のほとりの湧水なり。卵水はその名の通り水の中から卵が湧き出れり。此の卵大きさは鶏の卵を小振りにしたくらいなり。殻を割ると中は水のみなり。即ち水の卵なり。西域郷の猟師山に入り足る時この卵持て行けり。此の卵かえるとそこに川ができるという。

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