雪国


トンネルを抜けると、雪国だった。 我々先発隊北沢、小林、丸山、伊藤の四人は高いばかりでやたらとまずい車内販売のコーヒーを飲みながら窓の外を見ていた。「数十分前には東京にいたなんて信じられない。」と、丸山が言ったのはこの時か、あるいはもっとあとでのことか今となっては確信がもてないが、この時言ったということにしよう。

「雪がないけど、どうするかって宿から連絡がきたんだ。」

北沢が電話をしてきたのは、新春温泉会の三日ほど前のことだった。「前日にまた宿に電話して聞いてみるから。」

とのことであったが、雪不足ばかりは地元に尋ねてもどうしようもない。ということは、心配しても始まらないということなのであとは運を天に任せることにする。

そして当日の朝。東京は暖かくて良い天気だった。「東京が晴れてると、山の方は雪なんですよね。」という会社の友人の言葉を信じて家を出た。

が、「あれ?」明大前の駅について驚いた。土曜日だというのに電車が渋滞している。「そんなバカな。」と思いながら新宿についたのは、予定よりも十分遅れていた。「山手線で行けば二十分で上野だから間に合う。」という確信のもとに上野へ向かう。が、再び「あれ?」と思ったのは巣鴨を過ぎたころから。「ムム、間に合わないかも知れない。」上野についた時は既には集合時間を過ぎている。新幹線ホームまで急いでいくと、三たび「あれ?」発車ホームが変わったのかな。時間を間違えたのかな? 八時五十二分発あさひ305号二十番線発のはずが二十一番線になっている。エスカレーターを降りながら時計を見ると発車五分前。心配して走り回ってくれていた丸山とばったり出会って無事車内へ入ったのは、発車三分前。ウルトラマンならこの時間で怪獣をやっつけることができる。

ということがありましたが、これが事の次第です。どうも、皆さんご心配をおかけしました。

ということを考えている間に早くも越後湯沢到着。他のスキー客と一緒に車外へ出る。ぞろぞろ。うっ、寒い。スキーしに来て寒いもないが、やはりこれは一種のエールの交換みたいもので、儀式的に一度は言うことになっているようだ。そして、再びぞろぞろと改札を抜けてここで恒例のわがままと優柔不断が始まった。やれ、何か食べたいだの、宿に連絡して車を呼ぼうとか、雪が小降りになってるから歩いていこうだの、そうだそうだ酒を買わなくてはならないので歩きだなどなど。結局「雪も止んだし、酒も買わなくてはならない。なぁに、どうせ駅前に酒屋の一軒くらいあるだろう」と歩きだしたのだが・・・雪はますます本格的に降り始め、駅前は土産物屋ばかりで、どちらに行けば酒屋があるのかわからない。とりあえず宿の方行けば何かあるだろうと歩きだしたはいいが、除雪のための水と降ったばかりの雪とで歩きにくい。その中で雪国育ちの本領を発揮したのが北沢。騒ぐばかりでなかなか進めない他の三人を尻目にどんどん先に行ってしまう。

先に行った北沢が、谷を越えて向かいの山の中腹まで昇ったころだろうか、これから谷に降りようとしている我々に北沢が立ち止ったのが見えた。どうやら、酒屋を見つけたらしい。そこで我々はワープ歩行に切り替えて、一気に北沢に追い付いた。

さて、酒屋に入っていつものように酒の物色をしているときに気がついたのだが、いやいや実はそれ以前にみんな気がついてたのに気がつかない振りをしていたのさ、と言う人も居ようが、ほんとは誰も気にかけていなかっただけなのが、酒という現実と直面したときに事の重大さを認識したと言うべきか、とにかく今回は青柳が欠席している。この事実を踏まえると買う酒の量が自ずと手控えられてしまった。

さて、これで宴会の用意も終わり、いよいよ宿に行ってゲレンデに出た。ここで、また我々のわがままが出た。小林、丸山、伊藤の三人は宿でスキーを借りたのだが、北沢だけは合うスキーがなかったため、湯沢高原スキー場行きのロープーウェイ乗り場の近くの貸しスキー屋へ入っていた。北沢は、ゲレンデに出てから食事にすると言っていたが、我々は、上に行っては飯も高くなるだろうから下にいるうちに食事をしてしまおうということに話をまとめていた。が、スキーを借りて出てきた北沢は我々の不穏な雰囲気を感じ取ったのか有無を言わせずロープーウェイに乗ることが決定されてしまった。結局このわがまま旅行団の中で一番わがままを通すことができるのは、まとめ役であるところの幹事なのだということを痛切に感じる一幕であった。

ということで、ロープーウェイで山の上へ。ロープーウェイのターミナルと同じ建物の中のレストランで食事をして、さて滑ろうか、ということになったが外は吹雪。なに、中で見てるほどひどくないだろうとたかをくくって外に出てびっくり。何も見えない。寒いうえに風が強くて、たちまち耳の先が痛くなってくる。目と鼻の先にある案内板さえ見えない。室内でどこをどう滑るか考えてたことなんてもう何処かへ吹き飛ばされてしまった。
「とにかく降り よう。」
ということになっ たが、どちらに行 けばいいのか見当 が付かない。人が たくさん滑っていくほうへ一緒につ いていくことにす る。

結局山の裏側に 回り込む林間コー スに出るまでこの 吹雪の中を滑らな くてはならなかった。ゴーグルやサ ングラスを持って いたので始めのう ちはそれをかけて いたが、雪が凍り付いて視界がきか なくなってしまっ たので何もかけず に滑ることにした。 雪が顔に当たっていたい。目を開け ているのがやっと というぐらいの風 が吹いてくる。も う、寒くて顔がしびれている。どれ ぐらい寒かったか というと下に降り てしばらくしてか ら、レストハウスに入ったときにま だウエアが凍り付 いているほど寒かっ た。実際耳の痛み が取れたのは二週間ぐらいたってか らのことだった。

その日は、寒い から早目に切り上 げよう、などと言っ ていたのだが、結 局リフトの止まる午後五時まで滑っ ていた。そして、 宿に戻り着替えを し終わったときに ちょうど新と鈴木がやってきた。こ れで今回の参加者 が全員そろったこ とになる。

夕食を済せ温泉 につかりながらカ ンビールを飲み、 例年だとさあこれ から宴会、ということになる のだけれども今年 はどういうわけか 静か。スキーで疲 れたのか幹事の気疲れから か北沢は、丸山に 腰をマッサージし てもらったままう とうとしているし、子供の 時間に慣れてしまっ た新は八時過ぎに 寝てしまうし、起 きている連中も生物の分 類についてなどと いう、とんでもな く浮世ばなれした テーマの話をしている。卓 球もなければドコ ドコドッコイも無 いという実に静か な夜となりました。

何時頃か、とに かくかなり遅くなっ てからラーメン屋 のチャルメラの音 が聞こえた。 「ラーメンか、 食いたいなぁ。」 としばらく迷った 末、鈴木が寒さもいとわずラーメン 屋を追いかけて外 へと飛び 出していった。結 局、ラーメン屋はもうどこかへ行っ てしまっていたの だがそれ を境に我々に動き が出た。新と丸山は本格的に寝る体 制に入り、残りの 北沢、小 林、鈴木、伊藤は ウイスキーを飲みながらウノを始め た。寝ている二人 の枕元で 丑三時までウノで 大騒ぎをしていた。ロシアン・ルーレッ トやビンゴ程では ない にしろ、後半の盛 り上がりは中々のものがあった一夜 であった。

前夜がそんなだっ たので翌日は例に よって朝寝坊。渋々 布団から抜け出して朝 食をとりに食堂へ。 ここがまた寒い。 寒いからビールと 誰かがビールを頼み前夜の宴会の延 長戦。

普通のスキー客 がおお忙しでゲレ ンデに出かける喧 騒を、のんびりと 聞きながら我々は優雅に着替え始め る。「こういうの んびりしたのが、 おしゃれだ」とい う意見も出たが傍目にはただの怠け 者に見えるのかも 知れない。主観の 違いだからたいし て気にもしないが。

日曜日というこ ともあって、さす がに湯沢高原に行 くロープーウェイ とリフトは混んでいた。我々はそう いった人々を「お しゃれ」に見やっ て下の布場スキー 場で「リフト券のもとを取るべく」 滑っていた。新は、 旅行前に転んで痛 めた膝をかばいな がら滑っていたようだ。

昼頃からは、ぼ ちぼちと帰る人が 見え始め昼食を取っ たあとは上へ行く リフトはもうガラガラ。せっかくだ からということで 一度上へ昇ること にする。昨日は吹 雪で何も見えなかったが今日はリゾー トマンションなど 湯沢の景色が良く 見えた。やはり、 山の上のスキー場は気持ちがよい。 時間があれば頂上 まで行ってみたかっ た。

下まで降りて宿 に引き上げ温泉に つかってから帰り じたく。温泉は、 冷えた体を暖められるし、スキーの 汗を流してさっぱ りできるしいう事 なし。温泉付きス キーツアーは大正解だった。「湯沢 ならもう一泊して、 翌朝新幹線で出社 できそうだな」な どといいだす始末。誰か一千万だして 近くにマンション でも買わないかな。

会計を済せて、 駅へ向かう。新幹 線は自由席だから、 並ぶ人と車内で飲 む酒を買い出しに行く人とに別れて 行動する。四時近 くにもなるともう 帰りのピークを過 ぎているのか車内はちょうど座れる 程度の混み具合。 我々は運良く三人 掛けに二列並んで 座ることができた。そのまま無事東京 へ向かった。

が、何か物足り ない。湯西川の時 は、その後の新春 温泉会を性格付け るような鈴木の追いかけがあったし、 前年とはうって変 わって団体旅行に なってしまった川 治、七沢の時は幹事が直前で変わっ てしまうし、箱根 では電気の傘が壊 れ、秩父では卵水 を探して雪道をさ迷い、熱海では風 と寒さの中のテニ ス。今回はこれと 言ったトラブルが なかった。しかし、何も無しで終わる 新春温泉会ではな い。 車内で酒盛をしよ うとしたとき、紙コップがないのに 気づいた。店の人 が入れ忘れたらし い。しかたないの で、新幹線に備え付けてある飲料水 用の紙コップで酒 盛を始めた。これ は中々経験できる ことではない。しかし、一度やれば もう充分だ。

一時間と数十分 で上野へ。

「いやぁ、今年 の新春温泉会も良 かった。じゃぁ、 ここで。」 といって、解散するはずだったが、 どうも最近は新春 温泉会も二次会が 恒例となったよう だ。今回も、構内で飲める店がない かと「ときめき広 場」の方まで探し に行ったが、結局 駅前の庄屋かどっかに行って前夜で きなかった宴会を することになった。 たぶん湯沢・上野 間より長い二次会をしたあと、新春 温泉会はやっとお 開きとなった。

今回のまとめ

* 日時:1989.1.28-29
* 場所:越後湯沢
* 上:湯沢高原スキー場
* 下:布場スキー場
* 宿:滝の湯旅館
* 出席者:
* 北沢賢(幹事)
* 伊藤雅也
* 小林康志
* 鈴木正人
* 田中新
* 丸山博通

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