1990年2月3日、節分。これから、恒例「新春温泉会」が開かれようとしていた。去年、新幹線発車三分前に到着した伊藤は、今年こそ遅れないようにしよう、と心に強く誓って家を出た。本当は、早目に行って本屋でも眺めようと思っていたのだが、家でテトリスをやっていたばかりに、中途半端な時間に新宿についてしまい、しかたなく集合場所「小田急線新宿駅改札」一階ではなく、地下をぶらついていた。集合時間まで二十分程度時間を潰さなくてはならない。喫茶店にでも入って・・・と思っていたところ、すぐ目の前に後ろ姿が北沢そっくりの人物がいた。「まだ集合時間までだいぶ間があるのに、北沢がいるはずがない」と思いながらも、あまりにそっくりであったため声をかけてみたら、はたしてその人物は北沢その人であった。なぜ北沢がその時地下にいたのか。今となっては、北沢以外の誰にもわからない謎となってしまった。
さて、再会を果たした伊藤と北沢は集合場所である「小田急線新宿駅改札口」へと向かった。柱の脇で今回の参加者やら目の病気のために欠席した青柳のことやらについて話した後、「そろそろ見晴らしの良いほうへ行ってみよう」と移動して驚いた。なんと、その柱の反対がわに鈴木がいた。さらに丸山は本屋に行っているとのこと。柱を挟んで、お互いにそれぞれ時間を潰していたというわけであった。
しばらくしてから、新が来て、鈴木と新は「宴会用」の酒類の買い出しにいった。その間に、小林が到着して、これで新春温泉会新宿発組一同が揃ったことになる。今年も青柳がいなくて少し寂しいが、新春温泉会がとうとう始まった。
新春温泉会も「還暦」を迎えて、温泉会の原点に戻るべくまずロマンスカー内で宴会の第一部が始められた。「満員」のロマンスカー車内は空席も目立ち我々六人は四人用のボックスを二つ使うことができた。「新春」ということで、やはり他所でも「温泉会」を催すことが多いのだろうか、新宿駅15:00発の「はこね31号」はさながら団体列車となっていた。あちらこちらで「車内宴会」が行なわれている。我々も、過去の「新春温泉会」の歴史をひもときながらビールを交わしていた。
それにしても「還暦」を迎えるといろいろと変化が生じるらしくて、今回は小林の「ミノルタ・α7700」、新の「ペンタックス・SFX」、鈴木の「富士フィルム・写るんですハイ」、丸山の「ペンタックス・ズーム70」とかつてないほどカメラマンが揃ってしまった。この四台のカメラの評価については、翌日のロマンスカーの中で結論が出たが、それは未だ先のことである。
ビールをのんでいる間にあっという間にロマンスカーは箱根湯本に到着し、我々は夜の宴会用の酒を買い足し、送迎バスを待った。折りから降り出した雨を避けるべく建物の軒先に寄り添っていてもなぜか「滝通り」行のバスばかり来て目指す「早雲通り」行のバスは来ない。同じように「早雲通り」行きバスを待つ人達が少しずつ増え始めるのを見ていたバス係のおじさんが「滝通り」行きバスの一台を「早雲通り」行き臨時バスにしてくれた。我々はそのバスに乗りようやく「豊栄荘」に到着。宿には既に今回初参加、茅ケ崎出発班の安藤が我々新宿発組の到着を待っていた。
宿は旧東海道の沿いの川側に作られていて、入り口が一番上の階になっている。我々の部屋はその一つ下の階になる。今回は八人という大人数のため、広い部屋が二部屋、なかなかの大名旅行風である。
宿は斜面に建っているので、須雲川まで見渡せて、見晴らしがとても良かった。豊栄荘は雉料理が「売り」らしく雉料理の料亭がとても立派な離れになっている。さらにその先に「ぬるくて夏しか入れない」露天風呂が見える。幹事は、寒中露天風呂大会を提案していたが、さすがに雪が残るこの寒さの中では、誰も露天風呂に入ろうとはしなかった。
そこで、とりあえず「温泉会」たる所以の温泉に入りにいく。風呂はなかなか広くてゆったりと入ることができた。お湯は七沢のとき程ではないがぬるぬるとした感じで、石鹸が落ちたかどうかわかりにくかった。ワンカップを半分ほど飲んだせいか、長湯をしたせいかなんだかのぼせてきたで、そそくさと風呂を出て部屋でビールを飲んでいたら、食事の準備ができたという声がかかった。隣の部屋にいくと、雉が我々を待っていた。
新から雉料理の話しを聞いたのは一週間ほど前のことだったろうか。少し高くなっても、やはりこういうものは食べておきたいと思い、料理を追加してもらうことになった。その時に新が入手した情報によると雉の空揚げは雉の剥製の皿にもられて出てくるとのこと。どうせ頼むならインパクトの強いものにしよう、という幹事の判断で今回の料理は雉の空揚げ。なるほど、なかなかりっぱな雉の剥製に盛られている。これはやはり、雉を囲んで記念写真を取らねばなるまい。ちなみにこの雉はわれわれが注文したため山から取ってきたという訳ではなくて、養殖をしているものだそうだ。
さて、こちらの食事の部屋にも布団を敷いておいてくれるということだったが、どこにあるのだろうか。四人分を「重ねて」敷くと言っていたが、はて、どういうことだろうかと思い、次の間をのぞいたら謎は解決した。本当に布団が四組分ちゃんと敷かれてしかもそれが積み重ねられている。高さはちょうどベッドと同じぐらい。四人分の布団で寝たらさぞ気持ちいいことだろうと思ったら、第三部が始まると早々に新がこの上で眠り込んでしまった。こらこら、まだ第二部が始まっていないのだから、寝るのは後にしなさい。
もうじき寝てしまう新を起こして夕食が始まった。まずはビールで乾杯。さて鍋も煮えたかなといった頃に、一都三県新春温泉会の旅・筑波発の藤井が到着。藤井は取るものも取敢ず風呂を使ってきてこれでやっと今回の新春温泉会参加者の勢ぞろい。改めて乾杯をして、その後は宿の夕食に舌鼓を打ちつつ飲み会第二部は、なし崩し的に飲み会第三部へと突入していったのであった。
夕食が片付いたころから二次会・通算第三部飲み会の開始となった。今回は新が持ってきたトランプと安藤が持ってきた「たんば」なるゲームで盛り上がった。北沢の持ってきたウノもあったが、前総理は丹波とナポレオンの影に隠れてしまい今回は遊説無しとなってしまった。
さて、第三部では酒を飲みながら、あるいは飲まずに、めいめいに好きなことをやっていた。「たんば」には最初は安藤・北沢・小林・鈴木・伊藤が参加していた。鈴木はルールの説明だけ聞いて早々に退散してしまった。やはり守護霊とか鬼とかを使うのに少し心苦しいものを覚えたのかもしれない。結局、安藤・北沢・小林・伊藤の四人で「たんば」を何回かやった。どうもこのようなゲームをやるとこの会の性格が如実に浮き彫りにされるようで、まぁ、なかなか・・・。
その後、藤井・安藤・小林・鈴木・伊藤というメンバーでナポレオンが始まった。丸山と北沢はこの間に風呂に行っていたようだ。新はと言うと、重ね敷の布団の上ですっかり寝てしまっている。夜中に突然起きて「あーぁ、すっかり早寝になっちゃったよ」とかいいながら隣の部屋に寝に行ってしまった。結局三時までナポレオンをやって第三部はようやく終了した。
翌朝、遅めの八時半に朝食。去年の湯沢から、朝食の時にはビールが付物になってしまった。まあ、これも年に一度の新春温泉会名物ということで・・・。朝食の味噌汁は蟹が入っていて、これが実にうまかった。鯵の干物、これもうまかった。なぜか箱根は海の幸が旨い。この朝食で話題になったのが鯵の干物を身の方から食べるか、皮の方から食べるかという問題。干物は骨に付いた身をばりばりと食べるのが醍醐味だ、という意見に端を発してとうとう温泉の醍醐味の話にまで広がっていってしまった。
食後、あるいは食前に朝風呂を浴びたり料金の計算をしたりしているうちに十時、チェックアウトの時間。今日はこのあと天山にいって露天風呂につかって昼を食べて帰るだけ。天山には十一時に入ればよいので、一時間ばかり、時間を潰さなくてはならない。ここで、あちこちをせかせかと歩き回ったりしないのが新春温泉会。何となくみんな宿の喫茶店に集まってきてしまい、何となくコーヒーを頼んで、なにするともなくウダウダして「そうだ、新が持ってきたルーレットをやろう」と言って、始めたのはいいが、その時既に十時半をとっくに過ぎていたので、それも二、三回しかやることができなかった。
結局、新春温泉会らしくなにもしないまま一時間が過ぎ、出発しなくてはならない時間になってしまった。宿の「田中様御一行様」という札の前で記念写真を撮って天山へ向かうことになった。
小雨の中を豊栄荘から徒歩五分ほどで天山到着。結構混んでいる。予約しておいた鉄板焼きの席に落ち着いて二息位ついてから風呂へ。雨天を突いて、念願の寒中露天風呂大会となってしまった。豊栄荘から、それほど離れていないのに、お湯の質が違っていて、こちらの温泉はぬるぬるしていない。温度は若干ぬるめ。長い時間つかっているにはいいが、雨が降っているし、いざ出ようとするとさすがに気温が低いので、また湯の中に戻ってしまう。それでも「出るとさすがに寒いなぁ」などと言いながらも、いくつかの風呂を回ってみた。最後に内風呂につかって体を暖めてから出たが、雨の中の寒中露天風呂大会、これは実に良い企画だったと思う。
さて、風呂から上がって、鉄板焼きを食べながら当然ビールを飲む。温泉に入って、雪景色の川原を眺めながら肉や野菜やヤマメを焼いてビールを飲む。時間はまだたっぷりあるので、急ぐ必要なんて全くない。これは、新春温泉会の本質にかなりのところまで迫っていったのではないだろうか。
天山の送迎バスで湯本駅まで戻り、茅ケ崎出発班の安藤がやはり茅ケ崎まで帰るというので、来年の幹事を青さんに頼むことにして、とりあえず駅前で解散。あとはロマンスカーの発車時刻まで各自おみやげ等を買って時間を潰す。
発車時刻の少し前に再び集合して、普通電車で小田原まで行く安藤と新宿まで帰るその他の連中とに再び別れる。ロマンスカーの前で記念撮影して、車内へ。ここで、新と鈴木が再び買い出してきてくれたビールと昨日残ったお酒で、最後の宴会が始まった。つまみは、藤井が見つけてきてくれたわさび煎餅、これがおいしかった。
車内宴会の図を撮ろうというとで、小林が写真を撮り始める。どうも、朝の宿の前の撮影の時からストロボが光らないからおかしいと思っていたら、電池の入れ方が違っていたらしい。ということで、どうやら、カメラの使い勝手は鈴木の持ってきた「写るんですハイ」が一番良いのではないか、ということに意見がまとまった。
今年の車内宴会はビールあり、ウィスキーあり、泡盛りあり、日本酒ありとバラエティーに富んだものだった。しかし、山本さんと青さんがいないせいか、前回の箱根の帰りのような豪快な飲みっぷりではなかった。しかし、考えてみれば、とうとう第六部まで来てしまった。昨日からほとんどずっと飲んでるようなものだから、まあ、こんなものかもしれない。
藤井が帰りのロマンスカーの中で「この、なんにもしないでのんびりした雰囲気、いいなぁ」と言っていたが、これこそ今回の新春温泉のテーマ「新春温泉会の原点」ではないだろうか。ということは、今回の新春温泉会で「原点へ帰ろう」という目標が、十分に達成できたのではないかと思う。たぶん、帰りの電車で安藤も我々と同様に新春温泉会の醍醐味を反芻しているのではないかと思う。
新春温泉会自体の幹事が一巡したし、またメンバーが皆三十路になってしまったり、新しい参加者が増えたりと、「原点」に立ち戻った新春温泉会は、これから・・・今までも毎年少しずつ新しい試みがあったけれども・・・さらに新しい形で続いていくのではないかと思う。また、来年の新春温泉会で会えるようにと、新宿の小田急線の改札の前で再び解散をして、今年の新春温泉会も無事終了した。
もちろん、その後の二次回というのが今年もしっか行なわれていました。ナポレオンやりたいなぁ、などと言いながら、北沢・小林・鈴木・伊藤の四人は新宿西口の喫茶店に入って、それぞれアップルケーキ・チョコレートケーキ・ツナサンド・チョコレートケーキを食べて帰りました。ちなみに、その時の話題は「大規模小売店」に関するものだったように記憶している。