1998.08.14作成
2月29日午前10時。田中新は東京駅を走っていた。
総武線のホームを駆け上がり、そのまま新幹線ホームの階段を駆け登った。
それから、新幹線ホームを端から端までを1往復半をしていた。
午前9時45分。温泉会としては画期的に早い時間の集合である。10時12分発のやまびこ123号で郡山へ。集合は出発の直前となった。どうせ早い時間に待ち合わせても、全員が集まるのは出発直前になる。これがいつもの温泉会である。幹事はそれをみこんで直前の集合にした。なに、もうみんな大人なのだから、ピンポイントで集合をかけても問題はないだろう。
その読みの通り、伊藤が集合時間のちょっと前に集合場所に行くと既に、皆勤賞の丸山と久しぶりに参加となった安藤、そして今回初参加の尾崎が待っていた。しばらく世間話をしているうちに、鈴木・藤井・北沢も集まった。小林から「14時の新幹線で行く」という電話も入った。青柳は一人で七沢温泉に近い厚木方面へ別動隊として多分もう出発している。10時まであと数分。しかし、新が来ない。新の家に電話すると、9時過ぎに出たという。こりゃあ10時過ぎないと着かないな、と思い、ビールなどを買い出してギリギリの時間まで新を待つ。
しかし、まだ新は来ない。10時過ぎに一度携帯のベルが鳴ったが、すぐ圏外となってしまい切れた。多分新からだろう。もうすぐそこまで来ているに違いない。しかし発車5分前。そろそろ我々も移動しないと新幹線に乗り遅れてしまう。新のことだから一人でも辿り着けるだろうと宿での再会を祈りつつ新幹線ホームへと移動した。
9時過ぎに新は家を出ていた。東京駅までは15分もあれば着くだろう。しかしその予想は総武線のダイヤによって覆された。電車が来ない。東京駅に着くと集合時間はとっくに過ぎている。総武線のホームを駆け上がると目の前に東北新幹線乗り場の改札。もう八重洲南口に向かう時間はない。そのまま新幹線ホームの階段を駆け登った、130円の切符を手に握り締めて。それから、新幹線ホームを端から端まで走った。10時12分発のやまびこ。どこかで温泉会のメンバーがいまだ到着しない新を待っているはずだった。どこにもいない。今度は端から引き返した。やはりいない。もう発車まで3分を切っている。もう一度、とホームの端から階段付近まで走ってきたときに、ちょうどエスカレーターを上ってきた温泉会のメンバーと出くわした。
こうして無事、温泉会は始まった。
11時37分、定刻通り郡山着。郡山は東北の玄関。東京的なものと東北的なものが入り乱れて存在している。例えば駅前の西武。それから雪国(このあたり雪はそれほど降らないと思うのだが・・・・)らしいアーケードのついた商店街。郡山に降りたのは10数年ぶりである。当時駅前はこんなに開けていただろうか? 記憶に無い。
それはさておき、早めの昼食をとりにくりだす。駅前をぶらついて、なにかいかにも地元という店を探すのも一興であるが、ここはひとつ無難に駅ビルの食品街へとなだれ込む。どういうわけか、ジャンボカツ丼やらジャンボエビ天といったたぐいのメニューが目に付く。それも東京では見ることのできない大きさである。いかなる嗜好によって、このような巨大食品が並ぶようになったのだろうか。東京の高い飯に慣らされてしまった我々には及びも付かないことであった。
我々温泉会はすでに、多量の飯に耐えられる年代ではなくなっている。そのことを自覚できるようになったほど、温泉会は長く続いているということであろうか。なんとなく無難なそば屋に入ってそれぞれ分相応な昼食をとる。
昼食後はボウリング。あらかじめインターネットで検索して予約を入れていたミナミボウルへと向かう。場所は開成山公園の近くである。予約の時に行き方を訪ねたところ、歩くと30分ほどかかるので、バスかタクシーが良いと言われた。たしかにガイドブックで確めても2キロほどある。
ところがここを歩く。時間もまだ早いし、急ぎの旅でもないのでここは一つ郡山の町中を探索しつつ歩いてみようということになる。温泉会としては珍しく簡単に意見がまとまる。なにか面白そうなことをみつけると後先考えずに行動するのが温泉会のいいところである。
結果は吉と出た。約30分歩いてたどり着いたボウリング場。学生時代柏の長崎屋で頻繁にボウリングをしたといっても、それ程のスコアが出たわけではない。しかも、それ以来ボウリングとは遠ざかっていた。最近またブームになっているとはいえ、そうそうやりにいくものでもない。にもかかわらず、なぜか学生時代よりもスコアが良いように感じる。学生時代の力任せのフォームではなく、みんなできるようにするという自然体のフォームにでもなったのであろうか、安定感が増したような気がする。学生時代から比較的安定したフォームの鈴木はますます安定感のあるフォームとなって、派手さはないが2ゲームとも首位であった。北沢はいまだかつて見たことの無かったストライクを4つ繋げるという離れ業を演じて見せた。
これがバスやタクシーで来てすぐに投げてこのような好成績が残せただろうか。たぶん30分歩いたことが程良い準備運動となったのであろう。30分歩いた結果は吉と出た。
これに気を良くしたのか、ボウリング場から駅への帰り道もバスを使わずに歩いた。しかし、さすがにボウリング2ゲームをしたあとの徒歩はちょっときつかったのか、往きの時ほど元気はなかった。
駅についたら磐梯熱海へと向かう。しかし、磐越西線の発車まではまだかなり時間がある。一旦ここで解散して、発車前に集合する。伊藤と鈴木は酒類の買いだしに行く。新はMacFanを買いに行く。尾崎は、再び郡山探索にとでかけた。
再集合。そして15時44分発磐越西線の発車ホームへと向かう。ホームに上るや否や間髪を入れず小林から電話が入る。こうして温泉会9人が無事再会して磐梯熱海へと向かう。
磐梯熱海の駅前は思ったよりも閑散としていた。名にしれた磐梯熱海温泉。駅前はもっと俗化されているかと思ったら、意外や日用品を扱うスーパーが1軒あるぐらいで、なにも無い。駅から宿へとこれまた徒歩で移動する。みちすがら見つけた酒屋でビールを買い足す。最終的にビール人数分と日本酒一升瓶、ウィスキーを各1本ずつ買い込む。それに各自が持ち寄った酒が加わる。さらにまだ数時間後のことであるが今回はカラオケをしながらビールをどんどん追加注文した。その結果、初日に買い込んだ酒類は翌日になっても残ってしまうことになった。酒を飲む量が減ったというよりも、嗜好が分かれてきたということだろうか・・・
今回の宿泊先は新装開店となった松柏。どちらかというとこじんまりとした宿であったが、その分好感の持てる宿であった。実際に筆者自身気に入って、8月にもう一度訪れた程である。宿泊した部屋は道路に面していたが、温泉会の肝心かなめのお風呂からは眼前に五百川を眺めることができた。この川は京の都から数えて500本目の川で、安達が原の鬼女伝説と結びついている川である。と、記憶している。筆者のいわゆる「田舎」がこの付近であるため、その名前は聞いたことがあるが、そうと意識してこの川を眺めたのは始めてである。宿の向かいには湧水か五百川にそそぎこむ小さな滝状の流れがある。そのざわざわという音を聞きながら温泉会ははやくも温泉につかって人心地。照明を暗く落とした浴室に黒い石造りの床と浴槽。ライトアップされた対岸の木々が映える。ここで旅の疲れとボウリングの疲れをとって、宴会へと突入。
夕食は1階の「ねぼけ」という広間に用意されていた。囲炉裏のあるなかなか良い部屋だ。そして、なんとカラオケ付き。まずは食事を楽しみ、ボウリングの成績発表をして、そしていよいよカラオケ大会。囲炉裏の脇に陣取って、ビールをどんどん追加しつつの、持ち込んだワインやウィスキーを開けての温泉会史上初、空前絶後のカラオケ大会と相成った。
どういうわけか、用意されているカラオケのが「岬巡り」「神田川」というところから爆風スランプあたりまでしかない。まるでわれわれの到着を予測したかのような選曲であった。途中、丸山の「もののけ姫」や「雪と氷のバラード」がアカペラで披露されたが時間の経つのも忘れて、延々と歌い続けた。
とうとう10時を回ったころ、歌う歌もなくなり部屋に引き上げた。
が、しかし、酒はまだある。カラオケでビールをどんどん追加していたので、もうかなり飲んでいる。がしかし、目の前に新しい酒を見るとつい飲み始めてしまう。とにかく、今回は9人も参加しているので、あちらこちらで話の花が咲いて、収集のつけようが無い。
とにかく、12時に男湯と女湯が入れ替わって、檜造りの露天風呂に入れるようになったので伊藤と鈴木は風呂に入りに行く。北沢もいたような気がするが、定かではない。二人ともかなり酔っているので、念のため「30分たって帰ってこなかったら見に来てくれ」と言い残して風呂に行く。実は、伊藤と鈴木は温泉会前に多量のメールのやり取りをしていた。酔っ払って思考が停止したうえで、風呂に入ってそのやり取りの続きを始めたのだから30分で帰れるわけが無い。かなりの長湯になったことを自覚してとりあえず生きているうちに風呂から出ると2時であった。
部屋に戻ると、すでにみんな眠っていた・・・・
朝食は2階の多目的ルームに用意されていた。既に8人が集まっている。新の姿がない。別に館内を走っていたわけではない。酒の飲み過ぎか、食べ過ぎか、とにかく朝食はとらないという。8人で朝食をとり、例によってのんびりと朝を過ごしてさて出発というときに異変が起きた。
突然丸山が気分が悪いと言いだした。宿の女将さんにお願いして休ませてもらった。なんと、昨夜食事をとった「ねぼけ」に布団を用意して、横にしてもらうことができた。女将さんは実に細々と気を遣ってくれた。おかげで、われわれは丸山を置いて「ユラックス」に向かうことができた。本当にありがとうございました。
宿で2台のタクシーを呼んでもらって、ユラックスへ。この運転手がじつに商売上手。「帰りも是非○○交通のタクシーを呼んで下さい」と何回も言っていた。が、しかし、実際にはユラックスから駅まで歩いて帰った。ゆっくり歩いてもほんの5分ほどの距離であった。
ユラックスには温泉もあるしプールもある。スケート場もある。ここは幹事の怠慢で、各自自由に時間を潰してもらうことにした。プールに入る小林。歩き回る伊藤と尾崎。スケートをする新・藤井・安藤。ひたすら眠る北沢と各自それぞれ時間を潰した。
昼食は尾崎が見つけてきた磐梯グランドホテルの近くのうどん屋で取る。伊藤と安藤は昨日と同じ天ザルをたのんだ。その他はけんちんうどん。食べても食べても野菜が出てくると、みんな驚いていた。
それと驚くべきことに、これだけ様々な職種の人間が集まっているにもかかわらずWindowsが共通の話題として成り立っている。Windowsおそるべしである。
店から丸山に連絡を入れる。どうやらかなり良くなったらしい。予定通り駅前で落合って、無事14時47分発の磐越西線に乗り込む。
郡山では多少の時間があった。再び解散して各自おみやげを買って再び集合。幹事の趣味で選んだMAXがやって来た。このE4系MAX見た目には多少問題があるが、16両編成にすると座席数が1600を越え、世界最大になるそうだ。さらに全車両2階建てとなり、階段の他にリフトが用意されている。車内販売のワゴンはもとより、車イスでも乗り降りが簡単にできるようにと気配りがされているそうである。
とにかく車中へ。ビールで乾杯して、ひとしきりE4系MAXの話題で盛り上がりさて残った酒を飲もうとしたときにコップが無いことに気がついた。幹事が購入するのを忘れていたのであった。申し訳ない・・・。混雑している中車内販売もなかったため、結局ビールで時間を潰した。
那須の山々が遠くに去ったころ丸山の声が次第に大きくなりって来た。ようやく体調が戻ったようだ。なにしろ温泉会無遅刻無欠席の丸山が早退するかもしれないという温泉会最大の危機であったわけだ。でも、どうやらこれで無事今年の温泉会も終わることができる。
大宮。ここで4-5人が在来線に乗り換える。そして、17時32分。MAXは東京駅に滑り込み、今年の温泉会は解散した。