DEUS EX MACHINA


「陽を夢見ているの?」
白磁の肌の人形が笑う。瞳は瑪瑙、髪は黒絹、真珠の歯を見せ、涼やかに笑う。
屋上のフェンスに背をもたせかけた少年は苛立たしそうに人形を睨む□
紅の着物が地上のネオンに良く映えて、少年の視線など気にした風もなく、楽しそうに続ける。
「目をお醒ましなさいな。彼は夜天の魔物、その光も熱量も太陽のものではないわ。」
「…けれど、月に属するものでもない。」
「ええ、その通り。反射するだけの鏡ではないわ。」
少年の目は、金色の獣の目だった。
「けれど、知っているでしょ?物知りの狐さん。超新星は太陽より明るいの。
そしてそれは、最期の輝きなの。」
青白く、強く輝く星。あまりに遠く、死に近いイメージに、少年は人形から目を離した。
軽やかな笑い声を残して、人形は明けの明星の光に溶けた。


世界は終末に向かっている。

今の状態のままでは必ず破滅的な最期を迎えることは誰の目にも明らかだ。この状況を好転させるには、
幾つか方法がある。一つは、現在の発展段階以前の状態へ戻してしまうこと。
もう一つは、より高次の発展段階へ移行すること。この二つは同じ位に困難であり、
時間と当事者の労力とを必要とする。そして、第三の方法は、この絶望的な状況を打破してくれる、
絶対的に大きな力を持つ者が現れ、この世を救ってくれる…と言うお手軽なものだ。

「…別に世界を変えようだの滅ぼしてしまおうだの、考えたこともないさ。
ただ、やりたいようにやったら、世界(まわり)が勝手に動いてな。」
運命が彼を導いているのではなく、運命が彼の後を追っている。
世界を動かすことが好きなわけではなく、好きなことをすると世界が動くのだという。
「…古来、革命家ってのはそう言うもんなんだよねえ…」
傍らでひっそりと呟く声がした。


一人目の魔女は、抜き身の剣を渡して言った。
「彼は、右手に羅ゴウ、左手に計斗を持つ、恐ろしい魔物だよ。
この剣で斬り殺しておしまい。それが世のためだよ。」
二人目の魔女は、針水晶の護符を渡して言った。
「彼は、始源の水と煉獄の火から生まれた魔物だよ。
何があっても守り通すんだね。それが世のためだよ。」
剣と護符を手に、森林の中を進んでいくと、白虹華の樹の下に、三人目の魔女がいた。
笑いながら、お前にあげるものは何もないよ、と何も持っていない手を示した。
「その代わりに、呪いと祝福とをあげよう。彼を最後に殺すのはお前だよ。」
その言葉は、正に呪いであり、祝福だった。
「思い通りにお行き。神も悪魔も運命も、全てはお前達の作るただのはりぼてなんだからね。」
森を抜けると、まだ真夜中だった。紅い月が、東の空に低く昇り始めていた。


月は、少しずつ地球から離れていっているという。

「離れて何処に行くんだろうな。」
彼は目を細めて月を見やり、呟いた。


「殺すための剣、守るための護符。右手には破壊、滅亡、死の暗示。
左手には創造・再生・生の暗示。煉獄の火は全てを焼き尽くし、始源の水は全てを生み出す。」
口の中で歌うように呟く。しばし考えあぐねていたが、ふと月を見る。
「…殺すために守るか、守るために殺すか…」
どちらもそう変わらない気もするが、決定的に異なるような気もする。
「…まあいい。いくらかはまだ間があるんだろう?」
「あるけど、ないわ。」
月の影から溶けだした人形が答えた。瑪瑙の瞳が一層明るく、殆ど紅玉のように見える。
中空に浮いたまま、青年を見下ろしている。
「世界蛇。円環の蛇。最初と最後。アルパとオメガ。…相対するものの合一。」
「それは彼の役割か。」
「いいえ。…彼は閉じた円環の繋ぎ目ではあるけれど。閉じた円環を閉じた円環のままにしておくのか、
螺旋に繋げて高次の段階へと進めていくのかは、彼の役割ではないの。」
無表情な白磁の人形が、どこか哀しげに見えた。
「世界が終わるのか、或いは世界が目覚めるのかは、彼に委ねられている訳ではないの。
でも、きっとそう見えてしまうわ。」

 
「それはつまり、このままなら彼は閉じた円環の繋ぎ目でしかないと言うことか。」


 
繋ぎ目を完成させるのは、剣と護符、そして呪いと祝福。


 
「…夜が明けるわ。」
暁の光が空を圧倒し、月光が薄れ行くのと合わせるように、人形もまた姿を消した。
青年は、町へ向かって歩みを進めた。




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