TERRARIUM.1

名前:高・ファーディナンド
name:KAGIRI Ferdinand

職業:哲学者
job:Philosopher

属性:風
element:Sylph

「…王冠(クラウン)の総数は常に一定だ。必ず82個なんだ。」
「それはまた半端だな。」
「そうでもない。大きく分けると、お前の持っているのもそうだが…宝石の付いているのと、付いてないのがあるだろう?」
言われて真月(みつき)はまじまじと自分の王冠を手にとって眺めた。手のひらに乗る程度の小さなそれらは、確かに小さな石の付いているものとそうでないものがあった。深く明るい緑の石の嵌った白金のものは、他の二つよりも一回り大きい。小さな二つはそれぞれ銀と錫で出来ていて、銀には「Geburah」、錫には「Netzach」と言う刻印が裏に彫り込まれている。
「宝石の付いたのが12個、付いてないのが70個、合わせて82個だ。数の限られているものだから、持っている者は稀だし、ましてや複数所有する者はそう滅多にいない。」
「…俺は3つも持ってるけど…」
「だからお前、仰々しく『トリプルクラウン』なんて呼ばれてるだろう。」
「まあ、なあ…」
王冠は力の象徴でもある。それだけの「力」を持ったとこの箱庭の支配者に認められたと言うことを意味している。
「俺に言わせれば、お前はただの無礼者なんだがなあ…」
「無礼ってなんだ無礼って。」
「足で人の頭を踏みつけるような奴のことだ無礼者ッ!」
ぶんっと勢いよく腕を振って高は頭上の足を振り払った。
「…ったく、それが人にものを頼みに来た奴の態度か?」
「お前の精製する塩が一番よく効くからなあ」
「煽てられても嬉しくないぞ。」
「箱庭一の錬金術師だって褒めてるのに?」
「俺は錬金術師じゃない、哲学者だ。」
「んじゃこの実験道具や完成間近のエリキシルやアゾートは一体何だ?」
「だからこれは、思考を具体的実験で試行してみないといけないから試してみただけであってー…副産物を褒められても、嬉しくも何ともないぞ。」
はあ、と大きく肩を落とす。
「それが良く分からないんだが…哲学者にとっての到達点って何なんだ?」
「…さて。日々の生業に精神をすり減らすことではないのは確かだな。」
そう言うと高は手元のフラスコを一振りして、別のフラスコに中身を移した。
「…で、話を元に戻すと、大きな12の王冠は黄道12宮に対応する。お前の持っているのは緑玉石だから…カルカタカムだな。」
「確か『聖霊使い』の弓戈(ゆみか)は紅い石の嵌ったのを持っていたな…紅玉石じゃなくて、石榴石でもなくて…」
「多分、紅玉髄だな。対応するのはカニヤだ。ふうん、『トリプルクラウン』は揃って12宮持ちだったんだな。」
『トリプルクラウン』と呼ばれる王冠を3つ所有している者は現在3人いる。一人はこの平野(たいらの)真月、もう一人は『聖霊使い』若しくは『聖女』の異名をとる手塚弓戈、そして『魔法使い』と呼ばれる人物だった。尤も、この『魔法使い』に関してはあまりにも謎が多い。この箱庭の主である少女と同じくらいに正体が不明で、随分と昔からその存在は確認されている。黒髪の若者の姿で、3つの王冠を銀の鎖に通して首に提げているという。
「『魔法使い』の王冠が宝石付きかは分からないけどな。で?残りのは何かに対応しているのか?」
「ああ、小さな王冠70個はその素材から7種類に分けられる。金・銀・銅・鉄・錫・鉛・水銀の7つだ。」
「…水銀って…液体じゃなかったか?」
「その筈なんだが、何故か王冠は水銀なんだよ、どう調べても。で、それぞれに10個の『光の球体』の名前が刻まれたものが存在していて、それで全部で70個。」
「光の球体?」
「そう。…一つ見せて貰えるか?」
銀の王冠を手渡されると、高は裏の刻印を確かめて頷いた。
「…やっぱり。これは銀のGeburah…裁判と刑罰、復讐、畏怖展そして正義を表す光球の名前だ。」
それを聞いて、真月はふっと眉を顰めた。
「………7つの金属は7つの惑星に照応し…10の光球は至高への道を示す…そして黄道12宮…」
「その数の、意味する所は何?」
真月の声に、暫くぶつぶつと思考に沈んでいた高は、弾かれたように顔を上げた。
「…誰だ?お前。」
真月の顔をしたそれは、真月ではなかった。奇妙に光のない暗い瞳と、張り付いたような薄い笑み。
背後の窓に、紺青の獣の毛並みが見えた。
「続きを聞かせて?」
静かに笑いを含んだ声で、先を促す。
絶対的な力の差を確信しているかのような、空気。
ごくり、と高は息を呑んで、手にしていた試験管を傾けた。硝子の縁から、金属の光沢を持つ金色の液体がこぼれ落ちていく。
「…精神の数である3と物質の数である4の和である7と積である12、そして最終的な完成を意味しながらも始まりの数1と空虚なる混沌の数0を併せ持つ10。この3つの完全数を含んでいる『王冠』の意味…」
床に流れ出た黄金は微かに涼やかな音を立てながら広がっていく。
「『王冠』は単独では意味を為さない。全てを集めたときに、その真の意味が見出される。」
黄金は、真月の姿をした少女に触れると、途端に気化していった。
「…エリキシルの精製…化金水?」
「俺の推論が正しければ。」
「貴方の、推論?」
高は試験管を手放した。試験管は床に落ちるとかしゃんと呆気なく砕け散った。
「─────────。」
その言葉を聞くと、不意に真月の体が前に傾いだ。
その背後に栗色の髪の少女が現れて、楽しげに高らかに笑った。
「偉いわね、貴方。短い時間に少ない材料から、貴方は『正しい』結論に辿り着いたわ!」
ぱん、と窓が開いて夜の風が吹き込んできた。身を乗り出してきた紺色の獣の首に縋り付いて、少女はまだ笑っている。
「そこまで辿り着いたのは、貴方が初めてだわ…凄い事よ、これは」
「じゃあこの箱庭は…!」
「そう、箱庭よ!本当に凄いことだわ!!王冠3つ手に入れることよりもずっと、凄いことなのよ、分かって?」
くすくすと笑って、少女は手を差し出した。
「今上げられるのは、この一つしかないけど…でも、貴方に最も相応しい王冠だから、上げるわ。」
思わず受け取った王冠を見ると、それは滑らかな銀色だった。刻印は「Chokmah」。
「多分貴方は、王冠が真の意味を持つ時と場所に居合わせることが出来るわ。そんな気がする」
「待ってくれ!俺がこんなもの持っていても…っ!」
「良いのよ。あの『魔法使い』と同じようにしていればいいわ。貴方は彼と同じように、王冠の真の意味に気付いたんだから。」
艶やかな笑みを残して、獣の背にしがみ付いた少女は夜闇に消えた。
「…行ったか?」
「あ、そう言えば真月!大丈夫か?」
頭を抑えながら、真月は漸く体を起こした。
「そう言えばって…お前、人のこと忘れてたろ」
「うん。いやお前、彼女に意識乗っ取られてただろ?気分は?」
「大丈夫、これでも彼女と会ったのは4度目なんだから」
「…そう言われると、お前って凄いのな。」
「凄いのはお前なんだろ、お姫様に言わせれば。」
「聞いてたか…」
苦い声に、真月はふっと俯いた。
「…話の内容は、良く分からなかった。ただ、お姫様が来たってのは分かって…いやにご機嫌だったのくらいしか。」
「ご機嫌…まあ…こんなもんくれるくらいにはご機嫌だったんだろうけど…」
はあ、と溜息を吐いて小さな王冠を見る。ふと、思い当たったとこがあったのか、真月はぽつりと言った。
「…お前、確か王冠の数は決まっているって言ったよな…?」
「?…ああ」
「……お前がこれを手に入れたって事は…」
「…っ!…これの前の所有者が、死んだって事だ、な…」

沈黙が、部屋に落ちた。

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