TERRARIUM.2
名前:平野 真月
name:MITSUKI Tairano

職業:悪霊祓い師
job:Exorcist

属性:水
element:Undine

「護衛の仕事を引き受ける気は、無いか?」
「騎士が護るは貴婦人か王侯と相場が決まっている」
と言いながらも2メートルほど離れた位置をキープしているのは、今日が満月だからだろう。満月の夜は、魔物どもの気性がますます荒くなる。
「普段の自分の身くらいは守れるけどな───説得の最中は、そうはいかない」
「そうだ、な。まあ生臭坊主の死体が大通りに転がってるのは良い気がしないから、見張っていては、やるが。」
『素直じゃない』という言葉は、敢えて飲み込んで、真月は振り返ってにっと笑う。
「何度も言ってるだろ?俺は僧侶(ぼうず)じゃないって」
「僧侶の一種だと思っていたぞ」
「僧侶は生きてる人間と、神様のために働くのを生業とする人たち。俺が相手にするのは生きてる人でも神様でもないからな。」
だから自分は僧侶じゃない、と真月は言い張る。万(よろず)は大袈裟に一つ溜息を吐いた。
今宵は雲も風もなく、月が皎々と照っていた。こんな夜は、魔物も活性化するが、真月の力もまた増幅した。理由は未だに分からないが、錬金術師は「お前、実は魔物何じゃないか?」とからかっている。「そうかもしれないな」と笑って答えてやったら、途端に真顔に戻って「…いや、魔物でもこんなに質の悪い奴はそうそういない。お前は間違いなく、人間だ。」と妙な太鼓判を押してきた。目の前の騎士だと言い張る剣客は、どう答えるだろうか。
「…で?お前が満月にわざわざ出てこないといけないような、しぶとい死人がいるのか?」
「ご明察。名前を聞いても分からない、泣いてばかりいる子猫ちゃんだ。」
「そりゃまた。」
さして興味のない様子で、適当に相槌を打つ。実際興味がないのだろう。
そう言えば、この自称騎士の伊東万と言う男も、正体が掴めない。一見年の頃は20歳前後の背の高い青年だが、真月がまだ母親に手を引かれていた頃からその姿をしていた。何が目的で、何者なのかはっきりとは良く分からない。ただ、あの自称哲学者の錬金術師同様、傍にいて居心地が良い数少ない人間であることは確かだった。
「…ああ、やっぱり今日もいる。」
「………おい」
「見えるのか?」
「ああ。…あれが『子猫ちゃん』か?」
万は本来あまり霊の類は見えないらしいが、それが存在するのを感じ取ることは出来た。力の強い、真月に言わせれば「しぶとい」霊なら、その形まで分かることもある。今回の『しぶとい子猫ちゃん』は、万には背の高い男の姿に感じられた。
「確かにこれが女の子なら俺もやりがいあるんだけどな」
用意してきた塩と水とで円を描く。円の外、少し離れた位置に立つ万は辺りに気を配った。悪霊祓い(エクソシズム)の最中、真月は物理的には無防備になる。悪霊なら兎も角、中型の魔獣でも来ればもう一溜まりもない。
「それでも、泣かれるのは辛いからな。」
精製された塩と水は、月光を受けて輝き始める。光の環の中に、真月は亡霊と向かい合って立った。
「死者には権利も義務もない。お前が此処に留まっても、何も叶えられることはない。」
亡霊が、漸く真月を見た。
『何も、叶わない…?』
「そうだ。お前には義務を果たす力も、権利を行使する能力も失われている。あるのはただ尊厳だけだが、それすらも此処に留まることで損なわれている。」
真月の言葉は、いつも冷たい。
『私はただ、あの子を残していくことが哀しいだけなんだ…』
「あの子?」
『星華(シンファ)が…泣くから、私も、泣くんだ…』
「シンファ、ねえ…」
「…もしかしてお前、月樹(ユエシュ)か?」
「知り合いか?」
「ああ…ユエシュならしぶといのも分かる。王冠持ちの医者だった」
「へえ…ユエシュ、ね。」
だが、ユエシュには万が見えていないようだった。また遠いところを見てほろほろと涙を落とす。
「シンファって、こいつの彼女?」
「だった。と、思われる。」
「何?」
「良く分からないんだ。恋人なんだか兄妹なんだか親子なんだか。…あれは、泣いているというのかな…?」
「どう言うことだ?」
「シンファなら、毎日薬を調合している」
「この男の敵をとるため、か?」
「一応は、多分。」
「一応?」
「ユエシュを殺した相手を殺すための毒を調合しているとか言うのなら僕にも分かるんだが…そうじゃなくて、箱庭の姫君を殺す毒の研究に夢中になっている」
毎日毎日、箱庭を彷徨っては薬の材料を集めている。その姿を、万はもう何度も見ている。
「この間も両頭蛇(アムピスバエナ)の巣の在処を聞かれたばかりだ。」
「…猛毒だな。」
「あの姫さまに効くとは思えないがな。」
『シンファ……』
「…お前が泣いたところで彼女の悲しみが和らぐ訳でもないよ。だから、もういきな。」
円の光がいっそう強くなった。光を映して、真月の瞳の色も銀色に染まる。
『では…代わりに…シンファを………』
「ああ。特別に引き受けてやるよ。お前のしぶとさに免じてな。」
『ありがとう……』
泣き笑いのまま、ユエシュは光の中に溶けて消えた。
「…お見事。」
光の環も消えた後、近づいてきた万が呟いた。
「刀矢(とうや)が怒るわけだ。」
「ま、それは仕方ないだろ、俺もこれが商売ですから。」
「けど、刀矢は今更として、良いのか?シンファのこと、安請け合いして。シンファもだが、ユエシュ殺しの犯人も彼女の『敵討ち』も、そう簡単にはいかない相手だぞ?」
「だが、約束は守るさ。…彼が望んだことは敵討ちじゃないから、大丈夫だ。」
「そう来たか。」
ふと、微かな歌声が聞こえてきて、真月は遠く視線を投げた。
「…刀矢だ。」
「ああ。…満月、だからな。」
死霊使い(ネクロマンサー)の彼女は、月の綺麗な夜には死霊達の為に歌を歌う。それが死霊達への慰めであり報酬であるのだという。
真月にとっては商売敵だが、それでも彼女は尊敬に値した。
箱庭の中の空気が、和らいで鎮まっていく。

月が西に傾いた。

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