西瓜[watermelon]

「生温いスイカって、割と好きかも」
「甘いから?」
「夏って気がしない?」
さくりさくりとスプーンを刺していく。貰ったスイカは大きくて、家にある包丁では上手く切れなかった。じぐざぐとした表面をカレースプーンで掬う。
「冷たくても矢っ張り夏だろ、スイカは。」
「そうね、夏ね。」
「…でもこんな風に真っ二つのを掬って食べるってやったの、流石に初めてだ。」
「私たちの顔より大きいわよ、これ…」
「全部食べたら腹壊すよな…」
「無理でしょ、四分の一も片づけられたら御の字よ。」
ざっくりとスプーンを突き刺したまま、じろりと視線を上げてくる。薄い赤い西瓜の汁が、手にも頬にも跳ねている。一生懸命食べていたのだから無理はない。多分私も似たり寄ったりだろう。
「でもさ、」
くるりとそのままスプーンを丸く回す。赤い実がくるりと小さな丸い球になる。カレースプーンにしては器用なものだ、と妙に感心する。
「一度こうやって食べてみたかったかも。」
「夢が叶って良かったわね。」
「…あんま嬉しくない。」
小さな球が5〜6個出来上がったところで漸く一つずつ口へと運ぶ。どうやら飽きてしまっているらしい。気持ちは良く分かる。
半球の西瓜のそのまた半分も攻略されていない。
冷たかったら、もっと食べられただろうか。或いは、外気温がもっと照りつけるようにじりじりと暑くて、空気がからからと乾いていたら、どうだっただろう。この薄い水のような実の味も、嫌いではないけれど。じわりと汗がにじむような、中途半端な暑さも苦しい程じゃなくて耐えられるけど。
さくりさくりと果肉を切る。
「残った分はラップしておきましょ?」
「…そうだな。」
小さく切って、皿に行儀良く乗せられた西瓜は大人しく冷蔵庫で冷やされることになった。





睡蓮[waterlily]

雨の日に、どうしてこんな散歩に出ようと思ったのかは分からない。
大きな傘を差していても、しっとりと濡れる。雨の粒が細かいから、あまり傘が役に立っていないらしい。そうなると重くて邪魔なだけの傘を持て余して、いっそ閉じてしまおうかと思ったりもする。
「傘、役に立ってないわね。」
「ああ。」
いっそ潔く傘を閉じて、濡れた欄干に腰掛けるのをぼんやり見ていた。それは一寸珍しいもののような気がしたからだ。
「何」
「って?」
「珍しいものを見てるような顔だから。」
「実際珍しいから。」
言ってから、お互い無表情な顔を見合わせる。一瞬後に、同時にくつくつと笑い出す。
「そうかもね。」
「そうだよ。」
俺は未練がましく傘を差したまま、赤い欄干に近付いた。その向こうには暗い池が広がって、水面の所々に薄いピンクの蓮の花が咲いていた。水面もその上を覆う蓮の葉も空を映したようなどんよりと暗い色をしている。ぽつりぽつりと、蓮の花だけがぼんやりと明るい。
多分、俺達は同じ花を見ていたと思う。欄干の上で肩越しに花を見ている奴の傘の先が軽く肩に当たった。
「花、」
滴が頬を伝って流れた。髪も濡れて、曇天の下、そこだけ淡く明るく見えた。
「綺麗ね。」
暗い池の底に、それを沈めたらどんなだろう。
「…向こうの方のは、白い花みてーだな。」
「種類、違うの?」
「さあ…」
とうとう俺も、傘を閉じて欄干にもたれ掛かった。風邪などひかなければいいけど、と心の何処かで思った。





さざれ石[waterworn stone]

「あそこの石は、丸くて綺麗なんだって!」
そう指さして示された海岸は、随分と遠かった。そびえ立つように白い肌を見せる岩壁に囲まれた小さな入り江になっていて、入り組んでいて見えにくいがその背後から小さな川も流れ込んでいるようだ。薄青い空と、鳥の子色の岩壁と、紺青の海と常緑の松とが絵はがきに収まりそうな光景だった。
「行きたいの?」
「無理だろ、小舟でも使わないと…」
「そこの森は、越えられないかしら。」
「その手前が崖になってる。」
「ふうん。」
風が松の枝の間を擦り抜けて、音を立てる。波の音は殆ど感じない。
「じゃあ、向こうの川から下ってみるとか」
「できっかな。」
「確か、この道をもう少し戻ったところから行くのよね、あの川には」
「ああ、で、川沿いに下ってって…」
ひょい、と立ち上がって思案する。何だか妙に浮き立った気分になって、一緒に海岸を見遣る。
何があるというわけでもなく、ただ丸く滑らかな石が其処に在ると言うだけなのは良く分かっているけれど。そこから見る海やこの入り江が全く違うパノラマのような気さえしてくるのが不思議だった。
「行ってみるか。」
「そうね。」
私たちは、踵を返して元来た道を辿った。





噴水庭園[water garden]

不意に絡繰り仕掛けの鳥の声が響き渡った。大理石の円卓の上で、半人半魚の銅像が踊り始める。
「これはみんな水圧で動く仕掛になってるんだって。」
歌に合わせて竪琴を奏でている半人半鳥のハルピュイアの銅像をしげしげと見ている横を何気なく通り過ぎた。つ、と服の端が引っかかったので見ると、俺の裾を掴んでいた。大きな目が、こちらを見ている。
「何だよ。」
「こう言うの、好き?」
「こう言うのって?」
森の向こうで、侏儒が踊っている。壊れそうに繊細な螺旋で飾られた四阿の下では、牧神が角笛から水を溢れさせている。その水を妖精の少女が大皿で受け止め、また絡繰りの中に取り込み何処かの仕掛を動かしている。それらは皆、静かな眸でただひたすらに決められた運動を繰り返している。
からん、からんと乾いた鐘の音が聞こえる。
「上手く、言えないんだけど。」
緑陰が濃く落ちて、石畳に小さな虹を投げ掛けている。幾筋もの軌跡を描いて落ちる噴水が酷く涼しげだった。
「あなた、こう言う処に住んでそうだから。」
「…なんだよそれ。」
少なくとも、人の住むところじゃないと思う。確かに木陰は綺麗で、良く整備されてはいるけど。
「住み着いてても自然って言うか…」
「自然じゃないだろう、それ」
呆れ返って溜息を吐く。服の端はまだ掴まれたままで、それが何故か必死のように見えた。
「…んじゃ、そろそろ帰るか?」
上手く笑いかけてやれただろうか。ゆっくりと出口に向かって歩き出す。
気持ちのいい風が吹く中を、殊更にゆっくりと歩いて戻った。





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