資料8:

子どもの権利の解釈について

 

ストップ子ども買春の会の方々の主張には子どもの権利ついて誤解しているのではないかと思われる点があります。例えば、同会の宇佐美昌伸さんは次のように書いています。

(以下引用)
「そもそも、子どもポルノの法的規制については反対論が強く、法案作成過程や国会審議においても様々な議論が交わされた。反対論又は慎重論の理由としては、表現の自由や思想・良心の自由の保護、そして権力によるプライバシーへの介入に対する警戒などが挙げられる。確かに、内面で空想を抱くことが現実の行為につながるのか、逆に空想で充足を得て行為が抑止されるのかは証明が難しい問題である。行為として現実化していない内面を法律で裁くことは思想・良心の自由の観点から問題があるし、そのような処罰規定は別の目的のために恣意的に利用される恐れがある。しかし、子どもの権利は思想・良心の自由と同じ重さを持って保護されるべき人権である。そうであるならば、子どもの権利を直接侵害する行為だけでなく、そのような侵害行為を誘発し、正当化し、又は侵害に対する抵抗や抑制を低めるような行為も許容されてはならない。内面的な嗜好又は空想と言っても、それが表現されれば、たとえ言葉だけであっても、既にして行為である。その行為が上に述べた子どもの権利の侵害に当たるのであれば、思想・良心の自由を盾に保護されることがあってはならないし、表現の自由に関しても同様である。

(引用元)http://www.kinokopress.com/civil/0407.htm
「子ども買春・子どもポルノ禁止法」をどう考えるか
その背景・内容・課題

 ここで宇佐美さんは「子どもの権利」を思想・良心の自由や表現の自由と比較しているのですが、子どものどのような権利なのかについては触れていません。本来このような比較はできません。

 また、宇佐美さんが翻訳した国際エクパットの「インターネット上の子どもの安全ガイド」には、国際エクパットの子どもポルノに関する次のような方針が書かれています。

(以下引用)
「エクパットは、子どもの権利一般及び性的搾取から保護される子どもの権利が大人のプライバシー及び言論の自由に対する配慮に優越すべきであると信ずる。子どもの最善の利益が優先されるべきである。」

(引用元)http://www.ecpatstop.org/yokohama_sekai_kaigi/2_stop_ws_sekaikaigi.html

 原文は以下の通りです。

(以下原文)
"ECPAT believes that the right of children (in general and in the particular) for protection against sexual exploitation should override considerations of privacy and free speech for adults. The best interests of children should take precedence."

(引用元)
http://www.ecpat.net/eng/ecpat_inter/publication/other/english/html_page/ecpat_prot_child_online/files/appendices.htm

 文法上の欠陥があるために原文の読解が極めて困難なのですが、少なくとも「子どもの権利一般及び性的搾取から保護される子どもの権利」と訳すのは文法上明らかな間違いです。

 しかし、この誤訳は文法知識以前の問題ではないかと思います。もし子どもの権利について理解しているのであれば、「子どもであれば何でも優先される」という意味の訳をする筈がありません。

 確かに子どもの権利条約第三条第一項には「子どもの最善の利益が第一次的に考慮される」とありますが、これは子どもの利益のためならば他者の利益を等閑に付してよいということではなく、子どもの利益と他の利益を比較してできるだけ子どもの利益を優先させようという趣旨のものです。

 何かを決める際には、子どもにとってどのような利益があるか、他者の利益にどのような影響が及ぶかを考慮し、そして他者の利益を制約しそうな場合には制約するのに正当な理由があるか、制約するとして程度や手段に行き過ぎが無いかどうかを考えなければなりません。

 (なお、何が子どもの最善の利益であるかを周りが勝手に決めるのは、子どもを権利主体として見ようとする子どもの権利条約の趣旨に反しますし、子どもの権利条約に定められているのは第34条の性的搾取や虐待から保護される権利だけではありません。)

 宇佐美さんは「子どもの権利を直接侵害する行為だけでなく、そのような侵害行為を誘発し、正当化し、又は侵害に対する抵抗や抑制を低めるような行為も許容されてはならない」と書いていますが、これは戦前の不敬罪や現在問題となっている共謀罪と同じ発想で、このような考え方を法体系に組み込むべきではありません。それに、こうした方向に社会が進み始めてしまうと、結局のところ現在のこどもや若者が成人したときに、将来のこどもから大人としての人権を制限されることで、不利益を被ることとなります。

 この誤訳が掲載された「インターネット上の子どもの安全ガイド」は大変広い方面に配布されており、子どもの権利について間違った考えが広まることになりかねません。ガイドの配布対象には教育関係者も含まれており状況は深刻だと考えます。

(以下配布対象)
・保護者・教育関係者(各地の教育委員会、PTA、教職員組合等)
・インターネット関係団体・企業等((財)インターネット協会、インターネット・ホットライン連絡協議会等)
・関係行政機関(警察、文部科学省、総務省、経済産業省、地方自治体担当部門等)
・NGO(子どもの権利NGO等)
・国会議員
・マスコミ
・その他

http://www.ecpatstop.org/stop_anzen_guide.html


 問題の誤訳には「子どもの権利一般」が「大人のプライバシー及び言論の自由に対する配慮に優越すべき」とあるので、これを文字通りに解釈すると、例えば子どもは「あらゆる種類の情報および考えを求め、受け、かつ伝える自由」を行使して大人のプライバシーを暴いても良いということになります。

 日本では「子どもに権利を認めるとわがまま放題になる」といった意見がよく聞かれますが、これは人権を誤解しており、権利間のバランスをどう調整するかという視点が欠けています。そのような状況において「子どもであれば優越する」というような間違った考えが広められれば、無用な反発を招いて子どもの権利を後退させることにもなりかねません。

 子どもの商業的性的搾取について活発な活動をしているストップ子ども買春の会が子どもの権利を誤解し、その誤解を広めているのは憂慮すべき事態です。