農業社会における富の尺度は穀物の生産性でした。工業社会における富の尺度はモノの生産性。今から200年前の時代の転換点において、農業社会の常識は変革を余儀なくされたわけです。そして、今、工業社会の常識の変革が目前に突きつけられています。知識社会とはどんな社会なのか、どんな変革が求められているのか。今回は、時代のキーワード、ナレッジマネジメントを軸に探っていきます。
経営にとって知識が重要であるという視点は決して新しいものではありません。ではなぜ、今、ナレッジ(知識)が注目を集めているのでしょうか。
それは、21世紀において、知識こそが実質的な経営資源であるからに他なりません。知識は人、モノ、金、情報に続く第五の経営資源という見方がありますが、これは間違いです。モノも金も情報もそれ自体では価値を生み出しません。
モノも金も情報もその使いようによって価値を生んだり逆に損失を生んだりします。ポイントは、あくまでその使いよう、すなわち使い方に関する知識の質が価値の生産性を決定しています。人も同様、ある人に的確な知識があれば、その人は何らかの価値を生むことができますし、逆に知識が不足していると価値を生み出せません。
人材は、材ではなく財であるとか、資本主義ではなく人本主義であるとか、とかく「人」を重視した経営思想がありましたが、重要なのは「人」ではなく「知識」です。経営の最重要資源は知識なのです。
21世紀、経営者は何を管理すべきか
人、モノ、金とはよく言ったもので、ほとんどの企業において人の管理、モノの管理、金の管理はきっちりと行われています。しかし、21世紀の最重要資源、知識の管理はどの程度できているでしょうか。この着眼が極めて重要です。
人もモノも金も使ってこそ、その価値が発揮されますが、知識も同様です。知識をどの程度うまく使っているのか。これが知識を管理する上での一つの指標となります。
また、知識を使うためには、使う以前に、知識が獲得されていなければなりません。具体的には顧客に関する知識、ベストプラクティス・効果的プロセスに関する知識です。そして、忘れてはならない最も重要な知識は自分たちに何ができるのか(コア・コンピタンス)に関する知識です。これらの知識を会社として、どの程度うまく獲得しているか。これも知識を管理する上での重要な指標です。
さらに、知識を使うためには、知識が共有されていなければなりません。知識が共有されていないと、複数の人が同じものを探したり、同じ事を調べたり、同じような企画書を作成したり、同じ文書を作成したりという重複の無駄が発生します。これは、顧客ニーズへの対応速度が問われる時代において、早急に解決すべき問題です。ご推察の通り、知識共有のためには社風の変革、意識改革が必要です。
そして、知識をうまく使えば、新たなアイデアや問題解決が生まれてきます。知識をどの程度うまく使っているか、また、知識をうまく使った成果をどの程度商品、サービス、業務プロセスに反映させているかが知識管理上の指標となります。
知識を獲得し、共有し、使用し、商品・サービスに反映する。この一連の流れがナレッジマネジメントです。
米国では、2年前から「ナレッジマネジメント」が普及
米国では、2年前から「ナレッジマネジメント」という言葉が普及し、今では実践段階に入っていますが、その米国においても先進事例として学びの対象となっている会社がバックマン・ラボラトリーズ(テネシー州メンフィス)です。
バックマン・ラボラトリーズは、社員数1240人の水処理薬品を専門とする化学企業です。納期を従来の数週間から数時間に短縮でき、新製品の開発サイクルも早まり、売上高に占める新製品の割合が80年代前半の10%台から30%前後に上昇。また、7カ国での操業から、こんにちでは、21カ国で操業し90カ国の顧客に役立っています。
では、バックマン・ラボラトリーズにナレッジマネジメントの極意を探ってみましょう。
従業員に責任感を持たせるとともに、意思決定を早めるためには
1980年代前半、父親から会社を譲り受けたばかりのバックマン氏は、会社の規模拡大に伴いトップ・ダウン経営に行き詰まりを感じていました。従業員に責任感を持たせるとともに、意思決定を早めるためには、社内での知識の共有が必要と考えました。
モデルになる会社を探しましたが、80年代半ばにはそのような企業は見当たらず、手探りでシステムを構築しました。
個人が持つ知識のうち90%は頭の中に理もれていて、明確な形で外に出ていません。そのうち75%ぐらいは文書化してデータベースに蓄積できると考え、社員から営業上不可欠な専門知識やよく起きる問題点などを提出してもらって、データベースに蓄積しました。
『知識移転部』というシステム運営の専門部署を設置し、従業員同士がいつでも情報交換できる場をネット上に設けました。
この新たな試みに反発があると考え、重要な知識や情報の提供者に報奨金を出す仕組みを準備しましたが、その必要はなく、現在のシステムが完成した92年以来、売上高は1.5倍に増え、今ではナレッジマネジメントの重要性を全社員認識しています。
命令と管理から知識共有へ
1980年代においてバックマン社は、意思決定が中央集権化されたトップダウンの組織でした。顧客に速やかに役立つために、意思決定の迅速化が経営課題でした。
それは、情報テクノロジーを追いかける旅であり、知識共有の旅であり、企業文化変革の旅でした。
バックマン氏の個人的な知識共有の旅は1984年の一月に聞いたヤン・カールソンの言葉に始まります。
●それは、終わりのない企業文化変革の旅である。
●情報のない人は責任を取れないが、情報を与えられた人は責任を取らざるを得ない。
このふたつの文が、過去12年の旅の方向づけに大きな影響を与えました。組織内の人間関係を再定義できてきたのは、行動の責任を取ること、そして、組織を前に動かす積極策によってでした。
会社の知識はどこにあるのか
知識は多様な形をとります。形式知は紙に書いたり、特許のように文書化することができます。言葉や数字で表現できる知識が形式知です。
一方、暗黙知は頭の中(耳の間で目の後ろ)に存在する知識です。あらゆる企業にとって最も偉大なナレッジベースは暗黙知であり、絶え間なく変化し進化しています。
バックマン社では、はじめから、会社の最も偉大なナレッジベースはコンピューターデータベースのどこかに存在するのではなく、世界中の社員、ひとりひとりの頭に存在することを認識していました。
さらに、このナレッジベースは最も急速に変化する資産でした。毎分毎秒、連続的に変化しています。
次にぶつかった問題は、
●個人が知識を自由かつオープンに共有するようにするにはどうすべきか。
●個人が自分の行動に責任をとるようにするにはどうすべきか。
●どこに焦点を絞るべきなのか。
わかったことは、いくつかの領域を同時にカバーしなければならないということでした。
人々はどこにいるのか
最も貴重な知識は社員の頭の中にあるということをわかった上で、社員同士をつなぐシステムを設計するにあたって、人々はどこにいるのかということを慎重に調べました。
その結果、一日24時間の86%はオフィスの外側にいるということがわかりました。また、90カ国に散らばる人々がどこにいるかについてはわかりませんでした。いずれ、オフィスは仕事をする場所ではなかったわけです。(皆様の会社でも同じような計算をすれば、同じような状況が見えてくると思います。)
この調査事実が、形式知と暗黙知の共有をサポートするためのシステムのタイプに影響を与えました。
多くの時間をオフィスで過ごさないならば、LANやデスクトップコンピューターといったオフィスでしか使えない情報機器、情報システムは必要でしょうか。
こんにち、バックマン社では、ラップトップが主流となり、デスクトップは間もなくオフィスから姿を消すでしょう。
たとえば、ラーニングセンターを設立しました。全ての研修教育はここに集中されます。これによって、場所や時間を問わずに、生徒(社員)にクラスを提供することができます。
キャッシュフローはどこで生まれるのか
キャッシュフローはオフィスという物理的な建物から生まれているわけではありません。それは顧客との接点において生み出されています。それは顧客とのギャップを近づけることによって生み出されます。
私たちはオフィスを再定義する必要があります。そして、会社の重要な仕事をする場所にオフィス再創造する必要があります。それは、物理的なオフィスではなく、バーチャルなオフィスです。
社内の障壁は何か
社内の知識流通には多くの障壁があります。社内の障壁は、階層的組織(部課など)の構造的障壁、異なる国の異なる運営会社、言語の障壁、文化的障壁。
しかし、重要な点は、すべての障壁は人によって創造されたものであり、人によって変えることができるという点です。次が、バックマン社が試行錯誤で作り上げたナレッジマネジメントシステムの特徴です。
理想的なシステムの特徴
1.
知識の歪みを極小化するために、知識伝達の階層を1つに減らす
子供のときに遊んだ伝言ゲームと同様である。
2.
全員に会社のナレッジベースへのアクセス権を与える
会社の最大のナレッジベースは社員の頭の中にあるから、会社の全員に組織的障壁を超えて誰にでもアクセスできるようにしなければならない。
3.
各個人がシステムに知識をインプットできるようにする
各個人は会社のナレッジベースの一部であるから、全員が知識をインプットする平等の権利を持つべきである。
4.
時間と空間を超えてアクセスできるように、ナレッジベースは一日24時間使用可能
ナレッジベースは仲間の頭の中に存在するから、いつでもどこからでもアクセスできるようにハードウエアとソフトウエアを与えなければならない。知識を共有しようとする欲求はオフィスを離れても止まらない。これを認識することは重要であり、そうできるように運営のあり方を変えるべきである。
5.
コンピューターの専門家でない人々が簡単に使えるべきである
どの会社でも技術に詳しい人は2割程度である。残り8割の人々が簡単に使えるかどうかがポイントである。
6.
ユーザーが最も理解しやすい言語でコミュニケートすべきである
理想的なシステムは、ソースの言語を問わず、受け手の言語に翻訳しなければならない。誰しも母国語でもっと良くコミュニケートできるし、学習できる。(現在はこの機能を提供できていないが、鋭意努力中である。)
個人が組織内の他人に自分の考えを伝える力を強化するには
ほとんどの企業は、こんにちフロントラインか情報源との接点から情報を収集しています。この情報は、担当者がそれを的確に報告するためのコメントを加えた後、上司に上げます。最後に、部門長のところへ行き、その情報に指示、判断が与えられます。そして、その情報はラインを戻り始めるか、もしくは、会社のナレッジベースに置かれます。
この厄介な情報伝達の結果は、部門長に到達したときには、最初の情報の真価は、認識できなくなっているということです。したがって、部門長や社長から下されるコメントがしばしば、ずれていても、驚くには当たりません。
したがって、目標とすべきは、ある知識を必要としている人が、直接、最新・最高のその知識のある人と、話ができるようにすることです。これによって混乱を取り除くことができます。
組織の力はどこに存在するか
情報を求めている人が迅速に顧客に対応できるように、明快なコミュニケーションは必須であるとバックマン社は信じています。これはコミュニケーションの範囲を直近のグループから全社へ、そして、ネットワークへと根本的に変えることで実現できます。
もしも、会社のデータベースが社員の頭に収納されているなら、ここが組織の力が存在する場所です。組織で最新・最高の知識をもった人間と話ができるようにすべきです。各個人のナレッジベースは、連続的に変化し、眼前の実世界に対応しています。彼らが最短の時間で最高の行動ができるように、各個人のデータベースをつながなければなりません。
もしも、コミュニケーションの範囲がLANでつながれたワークグループのように小さく限られていると、各個人が加える影響は極微であり、変化は極微であり、組織への便益は極微となります。
しかしながら、経営者が社員に与えるコミュニケーションの範囲が広いほど、影響の範囲は大きくなります。影響の範囲が大きいほど、社員は自分たちに対して、顧客に対して、組織に対してパワフルになります。彼らは他人の役に立った知識をモノサシとして尊敬されるようになります。
成功の基盤は何か
組織の個人の能力を伸ばすほどに、組織の能力が伸びます。個人の影響の範囲を拡大するほどに、個人の力と組織の力を変えることになります。バックマン社では、社員のコミュニケーションの範囲を直近のワークグループからバックマンラボのグローバルな世界へ、情報を求めて必要ならばどこへでもと拡大しました。
バックマン氏の考えでは、バックマン社の成功の基盤となったのは、コミュニケーションの範囲を変えたことです。
バックマン社の社員は、伝えるべき知的なこと、言うべきことがある時、フォーラムを開きます。管理職はもはや彼らを押さえることはできません。彼らはどれだけ上司とうまくやれるかではなく、どれだけ他人に貢献できるかを基礎に注目され尊敬されています。同時に、貢献する意志のない人や貢献できない人も注目され組織から除かれます。
何から始めるか
組織を変革し市場におけるパワーを強化したければ、社員のコミュニケーションの範囲を拡大すること。必要な情報を求めている社員が必要な人と話ができるようにすること。これが顧客のニーズに迅速に対応するための方法です。
これを効果的にするうえで、情報テクノロジーは強い味方です。インターネットは福音です。インターネットが普及する以前、ネットワークは巨大資本を備えた大企業のみの情報ツールでしたが、今は誰でもがその恩恵に浴することができるのです。
しかし、忘れてはならない大切なことは、市販されているパッケージソフトを買えば、ナレッジマネジメントができるほど単純ではないということです。貴社の現状とストラテジーを睨み、どんな会社に変革すべきかの設計図が必要です。設計図も無しに、部材(情報テクノロジー)を購入するのは本末転倒です。
そして、何にもまして重要なことは、ナレッジマネジメントについて、経営者自らが理解していること、そして、社員とともに、その方法について学びつづけることです。
By
Hiroshi Mikami in Tokyo