―最初に失った物は“ビー玉”だった

「何持ってるんだ?」

想(そう)は夕夏(ゆうか)に言った。

夕夏の手の中には、大事そうに何かが強く握られていた。

「ん?あーこれ?」

何かを持っている右手の方を想の目の前にゆっくりと出した。それはまだ閉じたままだった。

夕夏は“これは何でしょう?”という顔つきで、想ににっこりと微笑んだ。

「…なんだ?また何か拾ったのか?」

夕夏には、何でも拾う癖があった。しかし、特定の物しか拾わず、キレイな石や、キレイなガラスの破片、キレイと付きそうな物を拾う癖を持っていた。

けど、宝石などの完璧な姿のある物を好まなかった。

「またって言わないでよー。あのね、昨日ね、家の中で拾ったんだよ。」

そして、夕夏の指がゆっくりとほどけていった。小さな手からまた、小さな物が姿を現した。

「…ビー玉?」

想が一言、その物の名前を言うと、夕夏はまた、にっこりと微笑んだ。

「そう、ビー玉。キレイでしょ?」

夕夏の掌で、コロコロと踊っている。いかにも夕夏が好きそうな物だった。

そのビー玉は、青く透き通っていて、中にいくつかの小さな気泡があった。

小さな気泡がビー玉の中で泳いでいるようであった。まるで水の中にある気泡が、

上へとめがけて飛んでいくようなそんな例え方。小さな小さな円形の水槽にいくつかの気泡。

止めれば、その時が止まったように全ても止まる。

「…想君?」

何も言わない想に、心配そうな顔を向けた。

想の顔の近くに夕夏のその表情が、覗き込むように見る。

「な、なんだ?」

びっくりした。夕夏の顔が目の前にあったから。夕夏が近くに居たから。

「あ、いや、ぼぉーっとしてるから、どうしたのかなーって。」

「ぼぉーっと?夕じゃあるまいし。」

夕夏は少し間をおき、想の言った言葉の意味を考えた。分かった瞬間、頬を膨らませた。

「私、ぼぉーっとなんかしてないもん…。」

「してる。得意だろ?ぼけーっとすんの。」

想の言った言葉が、夕夏を怒らせた。

「…ばーか、あーほ、どーじー!」

まるで、高校二年生でないような発言を繰り返す夕夏。子供みたいだった。

想は呆れる。呆れるが、嬉しくなる。

なせだろうか。

幼い頃の夕夏を思い出す。家が近いせいか、よく遊んでいた。

保育園も一緒だった。小学校も一緒だった。中学校も。そして、高校も。

いつも近くにいた。目を向ければ、笑っている夕夏の表情。好きだった。

当たり前の存在だった。

「夕より、馬鹿でもないし、阿保でもない。ましてや、ドジなんて、夕のためにある言葉じゃないか。」

想はちらっと夕夏を見ると、夕夏は下を向いていた。

言い過ぎたか、と思った。泣いていたらどうにもならない。夕夏?と呼んでも、黙っている。

自分よりも背が低いから、顔が見れない。腰を曲げるしかなかったが、本当に泣いてたら、と思うとどうしても腰を曲げる事ができなかった。

それに、女の子なので、あまり無神経な事はしたくない。

「…手、出して。」

ん?と思った。言われたとおりしようと思った。声はかすれて、いつもの声ではなかった。

何分間、互いに黙っていたのだろうか。声がかすれるほど、黙っていたらしい。

想は、力の入っていない手を出した。力が入っていないので半開きになっている。

そうすると、夕夏は顔をあげ、想の掌に何かをおいた。

その時の夕夏の顔は笑っていた。想の顔を見て、

「仲直りね?」

と言った。

「想君が、私と仲直りしたいかな〜って。今、想君泣きそうだったでしょ!」

勝ち誇った笑顔で。

この人の思考回路はいつまで一緒に居ても理解できない、と想は一瞬思った。

やはり、想は呆れた。

「…はいはい。で、ビー玉はなんで俺の掌にのってるんだ?」

掌にのっているビー玉に疑問をかけた。

「仲直りの印だよ?」

「いや、仲直りの印って…」

どういう仲直りの印だろうか。

「あげるね?そのビー玉さん、大切に育ててね?」

やはり理解できない。でも、受け止めれる。

ありがと、と言った。夕夏はにっこりと笑った。

「では私めは、塾がありますので、ここで失敬させて頂きますー。また会える日を楽しみにしております!じゃ!」

「ああ、そうか。塾だな。頑張れよ。じゃあな。」

夕夏は頷いて、手を振った。そして、自分の家へ入っていった。

たまに帰りが一緒になると、一緒に帰る。そして、夕夏の家の前で話しをする。

想は、自分の家に帰った。そんなに距離はない。すぐに自分の家に着いて、玄関を開けた。

「ただいま。」

そう言って、家の中へ入っていった。

いつまで経っても、想は夕夏に思いを告げれないだろう。
告げたとしても、“私もー。”と言うと思う。誰にでも。
幼なじみとして、特別ではあると思う。けど。それ以上は。
まだ友達として付き合ってた方がまだ、楽だと思った。
何も言わない方がいい。
想は思った。


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