La Alberca
ラ・アルベルカ

       

  12月のある日曜日、サラマンカの町からバスで1時間くらいの山の中にある村、ラ・アルベルカへ遊びに行った。「サラマンカ」は

サラマンカの町を中心とした県の名前でもあり、ラ・アルベルカはそのサラマンカ県内にある村のひとつ。

  実はその
2週間前に友達と1度ラ・アルベルカへ遊びに行ったのだが、気に入ったので、再び訪れることにしたのだ。ラ・アルベルカ

を再訪したのには村が気に入ったこと以外にもうひとつ目的があったのだがそれは後でゆっくり書くことにする。

  朝
9:30のバスでラ・アルベルカに向かった。寒い。冬の最中だ。しかも内陸のカスティーリャ・イ・レオン、ただでさえ寒いのに、

ラ・アルベルカは山にある。
10:40過ぎ、到着してバスを降りたが、寒い寒いの連発だ。バスの都合で1泊することにしたので、まずは

オスタルを探す。が、探すほどもなく、バスを降りた目の前に
1軒あったので訊くと部屋があり、さっさとそこに決めた。翌朝早くに

出るのでバス乗り場に近い方がいい、私にとってはかなり値段が高かったけれど、きれいで
TVとお風呂が付いていたのでよしとした。


  散歩に行く。ラ・アルベルカは、石造りでありながら壁に木組が施された独特の建築様式の家が特徴的だ。とてもかわいらしく、

その家々が並ぶ細い石畳の道は実に風情がある。オスタルのある村の入口の所から、くねる道をしばらく歩いていくとマヨール広場に

出る。「マヨール」と呼ぶにはあまりにも小さい広場だ。が、中央に大きな石の十字架の立つその広場も独特の雰囲気があってとても

素敵だ。冬という季節がらもあるだろうが、どことなく影のあるひっそりとした空間だ。


Entrada del pueblo
村の入口


マヨール広場へ続く道

木組みの壁の家々が素敵

Plaza Mayor
マヨール広場


石の十字架

古い石造りのアーケードに

何とも言えない趣がある

静かで、ちょっと翳のあるたたずまい




  あまりに寒かったので、バルでカフェを飲んでから散策を続けた。マヨール広場の脇の道をゆく。静かでちょっと淋しげな道。

でもそこがなんともいい感じなのだ。村はとても小さいので、あっという間に村の端っこに出てしまった。そのまま周りの雑木林を

散歩する。雑木林といっても、豚を放牧するための土地や畑なので、石垣で囲いがされており、道もある。落ち葉の積もった道を歩く

のはとても気持ちがいい。もともと山が好きな私にはこたえられない感覚だ。


  石垣の間を道なりに歩いていく

と、林の中のちょっと開けた所が

あった。行ってみると小高くなった

そこからは、ラ・アルベルカの村が

見えた。赤茶色の屋根の家が肩を

寄せ合うような並んでいる。とても

素敵な眺め。いってみればただの

山の風景だし、日本にも同じような

ところはたくさんある。しかし、

だからこそ日本の山と同じ空気が

感じられたことは驚きでもあったし、

嬉しくもあった。日本の山で感じる

ように、私を本当に静かにどきどき

させるものはこういう山の空気とか

葉っぱの匂いだとかだということに

改めて気づかされる。そこが日本でも

スペインでも関係ないのだ。木や山や


Pueblo


自然の風景に溶け込んだ小さな村だ
落ち葉の道のある空間が、私の中の何か懐かしいものを呼び起こす。日本を思い出して懐かしいというわけではなく、日本の山でも

感じる何か懐かしいような気持ちにここでも出会ってしまったということ。スペインという異国で日本でと同じ感覚を味わえたこと

が不思議で面白い。

  葉の落ちてしまった木々の枝がうす曇りの空に向かって伸び、林を抜けてきた風が肩をすくませる。収穫されずに伸びきって

しまったキャベツが畑に並んでいるのを眺めたり、野生のバラの葉が真っ赤に色づいているのを見たり、栗の実を拾ったりしながら

歩くのはとても楽しい。冬枯れの景色は情景的には淋しげだが、私自身はかなりうきうきとした気持ちで散策を楽しんだ。美しい、

山の、田舎の景色。

Coles
キャベツ


伸びきったキャベツが

滑稽な

それでいてちょっと淋しげな

雰囲気をかもしだしている



Vista rural
田舎の風景


なんてことないのに何故か心に染みるような

切なさと美しさがないまぜになった景色




  時間を見てマヨール広場に戻った。ラ・アルベルカに来た目的のひとつはマタンサを見ることだったのだ。2週間前に来たときも

見たのだが、友達と一緒に日帰り遠足ツアーに参加したためじっくり見なかった。もう
1度ちゃんと見て、写真に撮って記録した

かったので、再び来ることにしたのだ。

  そんなに私が見たがったマタンサ
Matanzaとは一体何かというと、実は、豚の屠殺のことだ。辞書を引くと一目瞭然なのだが、

マタンサという言葉の直訳は「殺戮」だ。だが、普通一般にマタンサというと、豚を潰す作業のことを言う。そう言うとなんだか

恐ろしげに聞こえるが、マタンサはかなり神聖な(と私は思っている)実に人の生活に密着した行事なのだ。冷蔵庫などなかった昔、

人々は保存食として主に塩や香辛料を使った食品、ハモン・セラーノやチョリソを考え出した。どちらも豚の肉の加工品だ。
1年間と

いう長い期間保存の効く食糧を作るための、マタンサは大切な行事だったのだ。スペインのメルカード(市場)に行ったことのある

人なら、肉屋に並んだ食材としての豚・牛のさまざまな部位を目にしたと思うが
、1頭の家畜を余すところなく消費するそのすばらしさ

を私は自分の目で確認したかった。ハモン・セラーノやチョリソが大好きな私だが、ただそれらをおいしいおいしいといって食べる

だけでなく、それがどうやって出来ているのか、どのようにして作られるのかを知っておくのはいいことだし、メルカードを好奇の

目で眺めるだけでなく、食材として並べられるまでの過程を知ることはスペインという国やスペインの文化を知る上でとても大切な

ことだと思っていた。だから、それを見られる絶好のチャンスを逃がしてはなるまいと、こうして再びラ・アルベルカへやって来た

のだ。

  マタンサは現在では、衛生上の問題のため原則的には禁じられている。これは原則的であって、山奥の小さな村や集落では生活上

必要として公認、あるいは黙認されているのかもしれない。ラ・アルベルカでは
12月と1月の日曜日に観光用としてマタンサを公的に

行っているらしかった。たとえ観光用のものだとしても、やることは基本的には同じだ。

  
1:00、いよいよ開始だ。マタンサは物悲しい旋律の曲を笛と太鼓が奏でることで開始を告げられる。神妙な雰囲気になった

ところで、ブタくん登場。男
4人に羽交い締めにされて連れられてくる。行く末を知っているのか鋭い鳴き声が響き、耳に痛い。

伏せて置かれた
2つの籠が屠殺台だ。そこに横倒しに載せられる。そしてナイフで頚動脈を切ると、ああ、ここだけは恐かった…。

言うまでもなく血が吹き出して、あわれブタくんは御陀仏だ。血は、後でモルシージャ
Morcilla(血入りの腸詰)を作るためにバケツに

ためて取っておく。血が固まらないようにバケツにはあらかじめ塩を入れておくのだそうだ。全身をこするようにして血を出し

きってしまうと、台をどかして地面に枯葉を敷き、その上にブタくんを置く。それからブタくんの上に乾いた羊歯の葉を満遍なく

かぶせて火を点け、ブタくんの表皮の毛を焼く。ぱりぱりに乾燥した葉っぱなのであっという間に燃える。このあっという間が大切。

長いこと火を燃してしまうと肉が焼けてしまうからだ。裏返して今度は腹を焼く。同じ要領だ。毛を焼いたら、あまった葉っぱで

ブタくんの体をごしごしこすり、すすを落とす。以前本でマタンサのことを読んだときには、表皮の毛を焼くためには乾燥した

ブドウの葉を使うとあったような気がするのだが、ラ・アルベルカでは羊歯の葉を使っていた。ブドウ畑などないラ・アルベルカでは、

ということなのかもしれない。

  ブタくんの毛を焼いている間、オルホがふるまわれた。オルホ
Orujoはブドウの絞り粕から作った蒸留酒で、ものすごくアル

コール度が高く、ちょっと飲んだだけで喉が焼けつくよう。マタンサは本当は冬の日の早朝に行うものなので、これを飲んで体を

温めながら作業をするのだろう。オルホの他に、ウェハースのお菓子が配られた。直径
20cmくらいの円形のウェハースで、サラ

マンカ辺りの伝統菓子なのか、サラマンカの街頭でもよく売られているものだ。最後までこれの名前が覚えられなかった。

  さて、これから第
2段階だ。まず、邪魔だからか何なのか、前足を切り落としてしまう。そして再びカゴが並べられ、上にブタ

くんを仰向けで置き、あごからお尻にかけて三角にお腹の皮をはがす。びっくりするほど厚く、いかに脂肪が多いかが分かる。そして

内臓類を取り出していくのだ。大腿骨を割ったり腸を出すところなどは実に痛々しいのだが、不思議と気持ちの悪い感じはしない。

周りの人たちも結構静かに見守っている。各部位とも、ビックリするほどきれいな色と形で、これを見てピーピーキャーキャー言う

やつはハモンを食うなと言いたいくらいの感動があった。もっとおどろおどろしいものかと思っていたので、見たいと言いつつ実は

内心びくびくしていたのだが、わりと平気な自分に驚き、平気の平左の周りの人に驚き、真剣に作業を遂行する人たちに感動し、

食の大切さと重みを感じた。尤も遠巻きに見ているだけだから平気だったのかもしれないけれど、すごく神聖な感じがした。

  内臓類をすっかり出されて縦割りにされ、すっかり開きになった豚くんはカゴの上からテーブルのような台に移された。そこで、

各部位に切り分ける。分けられてしまうと肉屋に並んでいるものともう変わりない。本当のマタンサは、腸詰を作ったり、ハモンを

塩漬けにしたりとまだ続く。残念ながら観光マタンサではそこまで見ることは出来なかったけれど、それでも十分だった。

  ふー、ご苦労さん。見ていて緊張したのか、溜息が出た。けれど、見て本当に良かったと思った。今ではマタンサは日常ではない

し、マタンサを見たことのないスペイン人のほうが多いと思う。けれど、現在の食の基本となっているものを知る機会を持てたことは、

とてもラッキーだった。上手く言えないけれど、おいしいと思って食べていたものをおいしくありがたく食べられるようになった

ような気がする。実に貴重な体験だったなと心から思う。私の周りの日本人の友達はけっこう見てるけど、やっぱり気持ち悪かったと

言う人もいて、それはそれで当たり前なんだけど、見て良かったと思えた自分が嬉しかった。


   マタンサの写真


  マタンサが終わってしまうと実はもうすることがない。が、先日遠足ツアーで来たときの添乗員さんがまたグループを引き連れて

来ていて、声を掛けられた。この添乗員さん、実は、春にセビージャの春祭り行きのツアーに参加したときからの顔なじみ。マタンサが

見たくてまた来たんだよと言うと、ラ・アルベルカ大好きの彼はとても喜んで、バルでカルドというスープとモルシージャをご馳走

してくれた。それから実は禁漁とされている魚の唐揚げがあって、彼はそこのバルの常連でもあるので一皿もらい、私にも一口分け

てくれた。彼の大好物だというのに。本当は獲ってはいけない魚で数がないことと何年振りに食べただろうと彼が言うのを聞いて、

もらってもよかったのかなぁとちょっと思ってしまった。私から見ると普通の唐揚げだったのに。そうそう、カルドというのは、多分

舌触りからしてジャガイモが入っていると思うのだが、どろっとしたスープで、こってりした白味噌の味噌汁と酒糟を少し混ぜた

ような不思議な味のものだった。後にポルトガルで食べたカルド・ベルデというスープに似た感じで、もっとこってりしていた。名前も

一緒だし、同じようなものだろう。そう言えば、ラ・アルベルカはひとつ山を越えればポルトガルという国境近くの村なのだった。

  添乗員さんがツアーを引きつれて帰ってしまい、いよいよ暇になってしまった。再び村の周りを散歩。マタンサをやっていること

でも分かるとおり、ラ・アルベルカはおいしいハモン・セラーノの産地。この辺りでは高級なハモンを作るために黒豚を飼育している。

またおいしいハモンとなるようドングリの実を食べさせるので、ドングリ畑(と言うのか?)も多い。村の中にはお土産用のハモンを

売るお店が幾つかあるし、村外れにはハモンを作っている小さな工場もあった。

   ラ・アルベルカの伝統の服を着ているおばあさんがいたので写真を撮ってもいいですかと聞くとすげなく無視されてしまった。

私のスペイン語が理解されなかったのではなく、明らかに撮られるのが嫌だったのだ。自分の思いあがりに気づかされ、反省する。

観光地であっても、地元の人は自分の生活を営んでいるのだ。もの珍しいからと好奇の目で眺められるのは、決して気持ちのいいもの

ではあるまい。それを商売にしたり、あるいは素直に喜んだりする人もいるだろうけれど、そうでない人のほうが多くて当たり前だ。

まして、山の中の小さな村だ、閉鎖的であって然るべき。我ながらあまりの軽率さに少なからずショックを受け、心から反省した。

  そんな出来事とついに降り出した雨のせいですっかり暗くなり、落ちこんで宿に帰る。まぁね、しょうがないけど。


  夜、気を取り直して出かける。ラス・アニマス
Las Ánimasというラ・アルベルカの風習を見に。これは日暮れに女性3人が手に

ベルを持って村を歩き回り、角に来ると立ち止まって死者のためにベルを鳴らし詠唱するというものだ。かの添乗員さんが見ると

いいよと言っていたので見に来たのだけれど、その風習の内容どおり実に物悲しいものだったので、なんだかまた暗い気分になって

しまった。

  バルで夕食代わりにピンチョをつまむ。数少ないバルのひとつだからか、小さいのにすごく賑わっている。人々の話し声とゲーム

機の音で騒がしい。が、誰も外国人の私に気をとめることなく自分達の世界に没頭している。ある意味楽なんだけど、なんだか落ち

着かない。オスタルの部屋に
1人でいるより孤独を感じる。自分は部外者なのだと痛感する。

  後半の諸々のことから、全体的に、ラ・アルベルカは山の中の小さな村らしく、閉鎖的で影のある集落という印象だ。でも、自分

自身が落ち込んだりはしたものの、あまりそれが嫌な感じではない。決して明るく楽しいという印象ではなかったのだけれど、

ひっそりと遥か昔からの息遣いが感じられる村という気がして、なんだか好きだ。自分の中の暗い部分と合うのかもしれない。

でもきっと、春や夏に行ったらまた全然違う印象なのだろう。緑の多いラ・アルベルカ、新緑の季節はさぞかし美しいことだろう。

そんな季節にもぜひまた訪れてみたい。





          
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