3日目  その1  ブラ・レジアの遺跡を見学



  チュニスから西に130kmくらい(地図から推測だが)行ったところにある遺跡を観光に行くため、超早起きをした。5:40起床。

外を見るとすでに明るい。日の出は日本と同じくらいの時間のようだ。6:00すぎに朝食へ。別の日本人のツアーの人たちがいて、

それがこの旅行中出会った、私たち以外の唯一の日本人グループであった。


  7:45ごろ出発。ブラ・レジアの遺跡へ向かう。チュニスの町を出てすぐに塩湖があった。夏でも水があり、フラミンゴがたく

さんいた。遠すぎて淡いピンクの粒々にしか見えなかったのだが…。景色は実に牧歌的。羊の放牧。オリーブやリンゴやブドウの

畑。よく道路ぎわでスイカやメロンなどを積み上げて売っている。スイカはとにかく大きくて、楕円形と言うよりは長くて大きい

という感じ。50cmくらいもあるのだ。スイカは丸いものより、この巨大で長いスイカのほうが種が少なくて甘いのだそうだ。だっ

たら皆大きいほうしか買わないと思うんだけど…、丸いのもたくさん売っている。


  また、道端にはときどき屋台のようなものがあって、なんと丸ごと1匹の、あるいは丸剥きの(つまり皮をはいだ)羊がぶら

下げられていたりする!!1匹分の皮だけのこともあるのだが、なんにしてもすごい…。これはバーベキュー屋台なのだそうだ。

行くとそこで肉を焼いて食べさせてくれるとのこと。屋台の柱は赤く塗られていて、赤はつまり血の色→肉の色ということで、

ぶら下げられた肉とともにバーベキュー屋台である印なのだそうだ。でも、気になるのはそこで焼く肉というのはまさかこのぶら

下がっているもの…?ということ。だって、外はものすごく暑くて、店には当然日が当たっていたりする。とても鮮度のよい肉と

は思えないのだ。どうなんだろう・・・。ただの目印なのかそれとも・・・?それにぶら下げられたあわれな羊ちゃんの横では生きた同

士がぼへーっとつっ立っていたりする。オイオイ、次はキミの番かもよ。


  10:00少し前にドライブインで休憩をした。つまりトイレ休憩なんだけど、さっそくトイレが汚くて大騒ぎ。ふ〜む、ツアー

の皆さん、女性がほとんどだからでもあるけれど、旅慣れていろんな所にいらっしゃっている割にはトイレの汚いのが嫌らしい。

そりゃあ、私だって嫌だけどそんなのスペインですっかり慣れちゃった。腰を浮かして用を足すのもすっかり慣れっこなので、

ほうほう、そうか、汚いのか〜という感じの我が母娘であった。まぁ、確かに水が流れないってのは困りものだけど…。


  ここのドライブインのカフェでNさんがミントティーを買ってみていた。ここのは青汁みたいに濃い緑のお茶で、昨日飲んだの

とはまた違うもの。一口味見をさせてもらったのだが、すごく濃くて青臭いのかなぁと思いきや、やはりミント特有の清涼感がある

ので意外とスウッとしておいしい。ただやっぱり激甘なのがキツイが、後味はさっぱりしていて悪くなかった。


  ここのカフェにも地元のおじさんたちがたむろしていたのだが、中にシーシャを吸っている人がいたので興味津々眺めている

と、向こうも眺めている私たちに興味津々で、シーシャのふたを開けて中を見せてくれた。中に煙草の葉が詰まっていて、そこに焼

いた炭を入れる。なるほど。で、煙は水の中をくぐってパイプを通り口へいくらしい。ふむ。普通の煙草(いわゆるシガレット)より

ニコチンが薄くなってマイルドな味になるとか。シガレット派から見ると物足りないらしいが、シーシャを愛用している人にとって

は逆にシガレットなどはきつすぎておいしくないのだそうだ。私は煙草は匂いだけでも嫌なのだが、シーシャの場合は煙が空気中に

広がらないから助かる。


  11:00ごろ、ようやくブラ・レジアの遺跡に到着した。

  ブラ・レジアはベルベル系民族の一派であったヌミディアの王国の首都で、現存する泉の周りに栄えた町だ。もともとブラ王国

と呼ばれていたが、次第にブラ・レジアと呼ばれるようになったという(レジアとはroyalの意とのこと)。ヌミディア王国は、@辺り

一帯が豊かな農業地帯である、A山の麓からの水が湧き出る泉、B近くに良い石切り場がある(建築用石材の調達)、Cアルジェリア

のほうから吹いてくる強い西風を防ぐ山々といった地理的条件に恵まれていたため、大変栄えていた。故に、それ相応の勢力も誇っ

ていたので、周りの他の都市が次々とローマの支配下に置かれていく中で、税金を納めることでローマの完全支配から免れていた。

が、結局は支配下に置かれることにはなるのだが、国自体が豊かなため、やはり税金を収めることで他の都市よりも緩い支配がしか

れていたのだという。


  現在残っているのは、紀元2〜3世紀頃のローマ支配下時代の遺跡。思っていた以上に殺風景だが、これは、大きな建物が全て

地震で崩壊してしまったためとのこと。むしろ、ここの見所は世界でも珍しい地下都市の遺跡である。

  入口からすぐのところに貯水池、その先右手にある大きな建物は浴場だ。ローマ最初のアフリカ属州の皇帝セプティミウス、

セブラスの妻の名前を取ってユリア・メムニアの浴場と呼ばれている。よく遺跡ではドーム状の屋根の建物を目にする。そのドーム

は、15cmくらいのチューブ(たぶんレンガのような、焼いて作ったものだと思うが)をつなげて曲線を作り、それをいくつも並べる

ことによって天井を作っているというのは昨日カルタゴのビュルサの丘にある博物館で勉強した。そのひとつの例が、このユリア・

メムニアの浴場で見られる。本当にローマ人たちはこうして工夫して丸い天井を造っていたんだ…。なんか、ホントにすごい。

  浴場内には、もちろんサウナや冷水浴場がある。サウナの部屋は、熱のために石が赤く変色しており、本当にここで人々が集

い、談話し、生きていたんだということを実感させてくれる。


  浴場から右手に道が続いている。当時のメイン・ストリートだったらしい。馬車で行き違う時のための工夫がなされていたり

する。道の奥、右手にイシス神殿がある。宗教的な行事に使われた場所だ。奥の正面は半円形の劇場がある。建物は崩れてしまって

いるし、全然大きなものではないが、半円形はきれいに残っている。舞台の前の床に穴が開いており、そこで手を叩くと、場内に

よく響く。そう、いわゆるマイクなのだ。実際に手を叩いてみると実によく響くので感心。

  劇場の横、イシス神殿の向かい側には、また別の

浴場跡がある。これは、劇場で公演をする俳優たちの

ためのものだったとのこと。ギリシャでは神事に使わ

れた劇場であるが、ローマではもっぱら娯楽のために

使われており、俳優というのは花形職業。人気もあった

し優遇されてもいたので、俳優専用のお風呂があったと

いうわけだ。

俳優専用のお風呂があったところ

遺跡然とした風景と青い空がよく似合っていた



  浴場の前の道を真っ直ぐにいく。途中左手には市場の跡。個々の商店用に石の低い垣があって仕切りになっている。賑わいを

想像してみると楽しい。

  道の突き当りにはフォーラムがある。フォーラムとは公共の広場のことだ。正面右にはアポロン神殿、広場の左手にはキャピ

トルの跡がある(キャピトルについては後述)。キャピトルを過ぎて右に曲がり、未舗装の道(それまでの道はまがいなりにも石畳で

あった)を上がっていくと、この町が築かれた大元である源泉がある。これは現在でも使われており、動物の侵入を防ぐため、しっ

かりと囲いがされている。

  源泉の左上のほうに、地下住居を備えた建物群の跡が広がっている。地下都市を築いた理由は、言わずもがな、夏の暑さを少し

でもしのぐためだった。夏は地下で、冬は地上の家でと人々は生活の場を移して生活していたのだ。


  この辺りでは一番大きな家だという狩猟の家を

見学する。例によって、地上部分の建物はいくつか

柱が残っている程度だが、ぽっかり開いた床から下

を覗くと、パティオとその周りにきれいに並んだ部

屋が見える。ホントに地下にしっかりと住居が築か

れているのだ。地上の家と地下の家との構造は同じ

で、パティオの下はパティオ(というか吹きぬけ)、

大きい部屋の下は同じ間取りの大きな部屋といった

具合にきちんとおそろいになっている。もちろん下

りてみる。

狩猟の家の地上部分

大きく写っている柱の後ろに地下へ行く階段がある


  どの部屋も床にモザイクが敷き詰めてあり、家の規模から

も分かるように、当時でもかなり裕福な人の家だったらしい。

特に寝室の床のモザイクがとてもキレイ。埃で真っ白になって

いるので、持ち歩いているボトルのミネラル・ウォーターを少し

撒いてみると、それはそれは本当に色鮮やかなモザイクの模様

が現れる。保存状態も良く、くっきりと現れるとちょっと感動。

狩猟の家の地下部分 →


  狩猟の家を出て、右の奥のほうへさらにずっと行くと、アンフィトリテの家というのがある。ここの地下の部屋の床のモザイク

がまた一段と美しい。ガイドブックにも、ここのモザイクはブラ・レジアで最も美しいと書いてあるが、本当に!色鮮やかで緻密な

モザイクは、美の神アフロディーテが海の泡から生まれるシーンを美しく描いている。一部失われているところもあるが、総じて

状態も良く、とにかくその美しさには感心、感激。昨日、チュニスのバルドー博物館でたくさんのモザイクを見たときにもすごい

なぁとは思ったけれど、実際に人々の暮していた住居などの遺跡の中でモザイクを見ると、ああ、本当にこうして生活の身近なとこ

ろに使われていたんだと実感。そしてその仕事のすばらしさに感嘆させられる。何だかとっても感動!!



美の神 アフロディーテを描いたモザイク

細かくて緻密な仕事は本当に見事!


  再び狩猟の家の横を通って入口のほうへ向かう。途中見たトイレが妙によかった。なぜか2人掛けなのだ。ちゃんと椅子に

なっていて、2つの穴が開いている。水の流れる溝もあって、本当によく考えて作られているので感心するばかり。愉快、愉快。


  最後に、宝物の家を見た。発掘された時たくさんの金貨が見つかったためこう呼ばれているらしい。もともと住んでいた人達

が、他部族に追われてこの地を去るとき、いつか戻ってくる日のために財産を隠しておいたのでは?と考えられているとのこと。


  遺跡見学は暑い。覚悟はしていたけれど。日影があまりないのでどこへいっても直射日光が当たり、ちりちりと肌を焼く。が、

この日はラッキーなことに絶えず風が吹いていたので、実は暑さはさほどではなかったのだ。暑いことは暑い。でも、午前中だった

こともあり、風があったおかげでだいぶラクだったのではないかと思う。昨日のカルタゴのほうがよっぽど暑かった。

  12:30ごろに出発。次の遺跡の最寄の町テブルスークに向かう。バスに乗るとガイドさんがマクルード(例の超甘いお菓子)を

おやつに配ってくれた。はっきりいって昨夜はこの甘さには一口で辟易させられたのだが、この時はものすごくお腹が空いていたの

で、とってもおいしく食べられた。栄養価も高そうだし、空腹時にはもってこいの食べ物かもしれない。