[ Last Updated : 10/15/96 ]
思えば家族がみんなちゃぶ台の回りで何かをしていた。
晩酌、編み物、釣具の手入れ、NHKの連想ゲーム、給食費の計算、とげ抜き、
妹のアップリケ、父親のカミナリ、母親の涙、肩たたき、朝の連続ドラマ、
夫婦ゲンカ、親子ゲンカ、かつおぶし削り、家族会議、バカ笑い、すきやき。
お客様がみえるときや、父親の弟子たちが夕食に加わるときにはいつものちゃぶ台は足をたたまれ、どこかのすき間に消えていた。代わりに出される大きな白いテーブルはツルツルで、それが出てくるといつもと違う華やかさで部屋が明るくなった気さえした。それでも客人が帰った後はさっさと“白いテーブル”はしまわれて、やれやれ、お茶でも入れましょうかねー、という母親の声と共に
“ささくれたちゃぶ台”は再び茶の間に登場するしくみになっていた。
あれは一体どういうしくみだったのか。
私の中には古いちゃぶ台があって、その前にペたりと座ってものを書いている。
実際はコンピュータに向かっていても、私はいつもちゃぶ台に向かっている。
実際には何ものっていなくても、よく見るとその上にはいろんなものをのせている。
ちゃぶ台にのるくらいの出来事が私の糧になっていることが多いのだと思う。
「ねえちゃん」
どういう巡り合わせかそれまで自分がしたこともなかったゴルフ、それもアメリカのプロ・ゴルフ・ツアーの中継デイレクターをここ3年ほどやっている。
毎週ツアーにくっついて世界のトップ・プロと会い、彼らのプレイを鼻の先で見られるのだからゴルフ好きの人からよく、こんな贅沢な仕事は無いと言われるが、私にとっては十何年のデイレクター生活で初めてのスポーツ番組のせいか、未だもってどうもしっくりこない。
初めてツアー先に出張に行ってプレス・ルームに入ったとき、地元のボランテイアの人を除いて女性は私だけだった。それもマイノリテイの日本人である。全米のスポーツ新聞社、ラジオ、雑誌、スポーツ・カメラマンたちは見事に男性陣で占められていた。
プレス・インタビューが終わるとき、「 Thank you, gentlemen. 」と締めくくったリー・トレビノ選手は壇上から私を見つけて「 And a lady. 」と慌てて付け加えた。
アメリカ・ゴルフ界の紳士ぶりは、私でさえも“レデイー”気分になるくらいである。ツアーのスタッフはもちろん、選手たちまでが顔を会わせる度に満面の笑みと気遣いのコメントを忘れない。
ネットワークのアンカーマンまでが、私に会うと「また会えるなんて光栄です。元気でしたか?」と、画面でおなじみの笑顔を私だけにくれるのである。役得である。
それでも、毎週毎週それが続いていると、ひねくれ者の私としてはどうも納得がいかない。
選手からコメントをもらうとき、何とか本音を聞きだしたい、もっと素顔に近い言葉が欲しいと苦心しても、返ってくるのは紳士らしい品行方正なものばかりである。
アメリカのツアーカードを持っている選手は全員がプロとしての言葉使い、態度、インタビューでの答えかた、たち振る舞いまで講義をしっかりと受けている。彼らはプロ・スポーツ選手であると
同時にエンタテイナーであり、“正しいゴルフ界の見本”でなければならないのだ。
その、ゴルフのトーナメント会場で「ねえちゃん」と呼ばれたことがある。もちろんアメリカでの
話である。
最初は空耳だと思った。「ねえちゃん」という、日本でも最近は耳にすることのない呼びかけが、アメリカ・ゴルフ界の紳士語録に存在するはずが無いからである。
「オイ、ねえちゃん、ねえちゃんよ、」
空耳どころか日本語であるからにして、どうも私を呼んでいるらしかった。
アメリカのプロ・ゴルフ界の紳士な雰囲気にドップリ甘やかされていた私が三白眼になって振り向いてみると、ますます声を張り上げて私を呼んでいる青木功選手がいた。
「おまえさん、今日メシはどこで食うんだよ、」
毎年アメリカのシニア・ツアーで$1ミリオン以上稼ぎ、賞金ランクの上位に位置している青木選手はいまや“世界のアオキ”である。アメリカでもパーマーやニクラスと並ぶほどの人気である
。その“世界のアオキ”が女性に向かって「ねえちゃん」と呼ぶ。パーマーやニクラスは絶対にやらない。いや、彼らには絶対にできない。
ずっと緊張していた肩の力がすっと抜けた。
たとえドアを開けてもらっても、イスをひいてもらっても、パーテイのときにエスコートしてもらっても、言葉の最後に“マム”を付けてもらっても、青木選手の言うように私の血は確かに「
ねえちゃん」なのである。
青木選手にそう呼ばれるまで私は頭痛がするくらい、自分を合わない枠にはめ込んでいた。
アメリカのプロ・ゴルフ選手はエンタテイナーとしてまわりをどう押さえればいいか鼻の鋭い肉食動物のように知っている。トップにのぼっていくほどその嗅覚は鋭くなる。スポンサーやフアン、
プレスにはどう接すればイメージが良いか、どこでどんな行動をとればいいか…。
彼らはプレスを大事にする。できる限りインタビューや取材に時間をさく。コースで会えば気さくに声をかける。
プレスが世間への窓口になることを彼らは充分に承知している。新聞、テレビ、ラジオ、インターネット。
よっぽどゴルフの調子が悪いとき以外、彼らの本音をその笑顔の裏から読み取ることはできない。
彼らの性格を知りたいのなら18ホールだまってついて回ってそのプレイを見ていたほうが明らかである。
そんな磨きあげられたプロフェッショナルな彼らの気にあてられて私はいささかのぼせあがっていたのではないか。
青木選手もアメリカ・シニア・ツアーのトッププレイヤーである。公式の場では堂々と英語を話し、たち振る舞いもアメリカ人と変わりが無い。
だからこそ、青木選手の「ねえちゃん」の言葉に自分でも情けなくなるくらいホッとしてしまったのである。
私などがゴルフについて青木選手と話しをすることさえ大変恐れ多いことなのだが、私は青木選手に、この「ねえちゃん」と呼べる血が流れているからこそアメリカ・ゴルフ界を戦い、のぼり続けてこれたのではないかと、夕食をご一緒した中華料理店で青木選手持ち込みのキムチをご相伴に預かりながら、生意気にも思ったのである。
朝香はつみ(女・32歳)
テレビ・ディレクター