【ニューヨーク発】東16丁目のちゃぶ台

 [ Last Updated : 11/26/98 ]

 一人で暮らすということ



 一人暮しにおいて私が一番恐れるものは、瓶の蓋が開かないことである。

 ニューヨークに越してきて間もないころ、近くのアンティークショップで買ってきたランプをつけたら小さな爆発音と共に一気にアパートの電源すべてが落ちてしまった。まだ自分のアパートの仕組みも分かっていなく、おまけに(お恥ずかしいのですが)それまでヒューズひとつ取り買えたことがなかった私は暗闇のなか途方にくれてしまった。しかし、タイミング良くそこに電話をしてきたくれた友達を夜中にもかかわらず呼び寄せて一見落着。一度覚えてしまえばその後はもうこわくはない。ヒューズ、クリア。

 これはもうこの世の終りと思ったのだが、アパートにネズミが出た。
 家屋の中にいるネズミを初めて見た私はそれはそれは恐ろしい思いをしたのだが、ここニューヨークではネズミとアパートは切っても切れない関係である。事実、アパートのドアマンや管理人に抗議にいったら、「は、それで?」と言われた。近くでそれを聞いていた同じアパートの住民からは「Welcome to New York !」と笑われてしまった。
 これは何とか乗り切らねばならない、と、アパートの修理マンに部屋中の穴(冷暖房装置の下とか、台所のシンクの下のパイプのすき間とか。しかし、よく見るとアパートの中はあらゆる種類のパイプが縦横に走っているのであった。)を塞いでもらい取り合えず一見落着。ネズミ、クリア。

 それ以外に一人暮しで困ったことは思いつかないのだが、瓶の蓋はいけない。こればかりはいけないのである。

 元来気の強い質であるから、できない、ということがまず気に入らない。
 その上、まあこれは私の主観の問題ですが、この「瓶の蓋が開かない」というのは普段は感じないけれど、どこかに潜在している、女の一人暮しの寂しさを感じさせるのであります。あくまで私にとってですが。
 よって私は新しい瓶の蓋を開けるときは母伝授(伝授、といってもどなたでもご存じのことだったのですが、私の幼いときの印象なので。)の「まず蓋の部分をお湯に浸けて暖め」、さらにゴム製で三角垂型をしている「瓶の蓋開け滑り止め」を右手に構え、かなり真剣に挑むことになる。握力は昔からないほうじゃなかったし今まで開かなかったということはないのだが、それでもしばらく格闘してびくともしなかったときはほとんど半泣き状態になる。もう泣き祈りである。いい歳をしてべそをかきながら、どうして自分がこんなに瓶の蓋が開かないと不安なのかを考えてみた。

 それは私の中での家族像にあるのかも知れない。
 家の中の大工仕事なら棟梁の父以上にこなす私の母は、「瓶の蓋あけ」の3回に2回は申し訳程度に決まりの手順を試すといとも簡単にそれを父の前に差し出していたのだ。「お父さん、すみませんけど、ちょっとこれ開けてください」。
 ここで見逃せないのは、ティッシュ一枚でゴキブリを握りつぶせる(これは素手でゴキブリをつぶしているのとほぼ同じ行為であり、大変恐ろしい行為である。)母が、そのときになんと恥じらっていたことである。子どもの前で母から女になる数少ない場面であった。加えて、わが家の家長制度はこの「瓶の蓋開け行為」で保たれていたといっても過言ではないかもしれない。
 そして母にはあって私にはない最後の切り札がここで明らかになる。

 瓶の蓋が開かなくて困ったときに手のひらにギザギザの蓋のヘリの痕がつくまで頑張らなくても開けてくれる人がいるというのは小さいながらも大変幸せなことではないだろうか。
 私の希望としてはそれは親しい男性によって行われなければいけない。
 よって、私はその行為をゆだねる男性が現われない限りなにがなんでも今は自分で開けなければいけないのである。開かなかったとき、私は自分でつくり出したその小さな幸せ像と同時に生れたその逆説不幸像を現実に感じることになるからである。
 いつかはこの妄想から解放されて握力の強いルームメイトを探すとか、隣に住むインド人家族の旦那のお力をお借りするとかできればどんなに気が楽かと思う。もちろんその前に私が瓶を素直に差し出せる人と巡り会えるのが一番いいんだろうけど。

 最近は帰国して実家にいるとき、開かなかった瓶は父から私に渡される。別にいいのだが、複雑な心境である。



朝香はつみ
テレビ・ディレクター

インデックスへ戻る

SPIN OUT Home へ戻る