【ニューヨーク発】東16丁目のちゃぶ台

 [ Last Updated : 9/1/96 ]

 「NYイタコ修行」

 “立派なイタコになるように”
 5年前、NYに来るときに仲間が色紙に寄せ書きしてくれたコメントのひとつである。
 「恐山いたこ日記」という本までくれた人もいた。
 NYに来た目的のひとつ(といってもこれはすごく小さいほうなんですけど。)にイタコ修行というのが入っていたからである。

 このイタコというのは「潮来節」の「潮来」ではなくて、死んだ人を口寄せするおどろおどろしい「イタコ」のことです、念のため。

 もちろんアメリカではイタコとはいわなくてトランス・ミデイウム( trance medium )とかサイキック・リーダー ( phychic reader )と呼び、NYに住む私の先生はどちらかというと後者のほうで、その頃は超能力を使って、失し物を探してあげたり、ビジネス・カウンセリングなどをしていた。彼女は以前は警察に協力して遺体捜査もしていたが、かなり悲しい仕事なのでやめていた。それでも評判がよくて毎日予約がいっぱいで、彼女のインタビューに行った私は正直にいって、ふーん、どこの国でもこのテははやるな、くらいの気持ちだった。
 ことの始まりはそのときにこの先生、ジョイ・ヘラルドさんというのですが、彼女 が私に「あなたはサイキック・リーダーとして生まれてきたので、人のためにその力を使わなければならない。」と断言したことである。おまけに「そのあなたのひたいにある三角は、他の家族の人もあるの?」とか「小さいときからいろんなものが見えたでしょう?」などど始まって、最後に「来年からクラスを始めるのであなたも来なさい」。

 たしかに子供の頃から見えなくていいものが見えたり、聞こえなくていいものが聞 こえてはいたけれど毎日そうというわけではなかったし、どちらかといえばその「力」なるものを捨ててしまいたかったから、いくら人のためといえどもそれに磨きをかけようなんてまっぴらご免であった。私は通訳を介してはっきりとその旨を伝えた。
「まっぴらご免です」。

 されどサイキッカーたるものときに魔女のようなのである。ジョイは私の返事を聞くやいなや、私のうで時計を手にすると、ベラベラと私のあることないこと…いや、あることあることを“読み”始めた。子供のときに手術をしたことがあること、トランプ遊びをしていて一人だけカードが分かってしまうので仲間外れにされたこと、中学の頃のオカルト現象のこと、仕事先でのこと、旅行先でのこと、挙句の果てに、結婚をどたんばでやめてNYに来ようとしていることまで言われてしまった。こういうことはそういう立場になってみないと分からないと思うが、相当にびっくりするものである。あんぐりと口を開けている私に向かってジョイは、
「もうNYに来ることを決めいて、今ここで私に会って、逃げられると思ってるの?」

 彼女のクラスは能力によって3つに分けられていて、私が配属(?)されたクラスはデベロッパー・クラスですでに占師や、ヒーラー(治癒師)として仕事をしている人達が集まっていた。中には私にでさえインチキ野郎だ、と分かる人もいたが、ジョイはあえてそういう人も何回かに一度はわざと入れていたようだった。
 クラスは毎週水曜日の夜7時からアッパー・イースト・サイドにあるジョイのアパートで始まるのだが、最初の頃、なかなかそこにたどり着くことができなかった。地理に明るくなかったということではなくて、なぜか地下鉄が止まってしまったり、自分のアパートのかぎがかからなくなったり、なぜか時計が止まっていたりするのである。あるときは地下鉄が信用できなかったのでタクシーを拾ったらブロード・ウエイで後ろから追突されて、スリップして車が3ターンしてしまった。
もちろん遅刻である。ジョイは「それ(entity)にからかわれているだけだから。」と笑っていたが、それがなんだか知らないがこっちは命がけである。
授業料だって払ってるのに毎回遅刻をさせられちゃあたまったものではない。

 授業の内容は一応秘密なんですけど(怪しいでしょう?)、こどもの遊びみたいなことをします。マッチ棒を水に浮かべて自分の思う形に動かしたり、オーラを見あったり(これは結構楽しい)、先生のクライアントが実際に来て、その人が探しているものを見つけてあげたり、からだの調子の悪い人のどこが悪いのかを探したり(これは非常に体力を消耗する)、といったかんじで、とにかくすでにある程度「力」のある人達が集まっているもんだから、私がなんにもしなくてもどんどん変なこと(クラスでは普通なんですが)が起こるわけですね。
 頭上のシャンデリア(ジョイのアパートは映画「ローズマリーの赤ちゃん」のあのアパート並みの古さと広さ)が突然、ゆっさゆっさと揺れ始める。落ちるんではないかというくらいの音がする。ちなみにそういうときはですね、見てはいけないそうです。
相手はこっちの気を引こうとしている訳ですけど、ひたすら無視する。こわごわ見上げたりなんかすると、ものによっては恐ろしい姿だったりする訳で、見ないに越したことはありません。私はそういうときひたすらばかばかしいことを考えるようにしてます。
志村けんのばか殿とか、桂枝雀師匠のひょっとこ顔とか。ときたま、あまりの恐さに誰かがズリズリと私に寄ってきて、
「はつみの聖書に触らせてくれ。」と手を伸ばしてくるのだが、残念なことに私が手に持っているのは聖書のようで、ただの三省堂の和英辞典(私には聖書より大事)なので、みんなを絶望的な気分にさせてしまったりもした。

 ジョイのクラスは毎週スリリングではあったけれど、私の「力」は大して発展もせず、大体においてクラスの変わりダネ、という感じであった。そういったことを信じている割にはどこか斜にみているところがあったし、その頃は修行よりもナイト・クラビングの方が断然優先順位が高かった。そんな訳で今でもジョイは私のおしりを叩いてくれるけれど、未だに私は一人前のイタコにはなっていない。

 ジョイはサイキッカーとしては才能のある人だけれども、普段はちょっとボーッとしている明るいおばさんに過ぎない。
 いつだか2人でアンテイーク屋に行ったその帰り、ジョイが自分がどこに車を止めたか覚えていないという。私はあそこじゃない?とかあの角のパーキングじゃない?とかさんざ聞いてみたが彼女は思い出さない。2人で困ったねー、と思案していたところで気がついた。
「ジョイ、あなたサイキッカーじゃなかったっけ?」
ジョイはちょっと困った感じで、
「それをさっき思い出してちょっとやってみたんだけど、どうも確信持てないのよね。」

 私はこういう人を心から信じてしまうんですけど、皆さんはいかがですかね。

 ちなみにジョイはその日は車に乗ってきてなかったことが判明しました。いいなあ、こういうおばさん。

朝香はつみ(女・32歳)
テレビ・ディレクター

インデックスへ戻る

SPIN OUT Home へ戻る