【ニューヨーク発】東16丁目のちゃぶ台
[ Last Updated : 9/26/01]
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「Ladder 3」
不気味なあの音を忘れられる日は来ないと思う。
あの朝は青空が高く澄み渡ったきれいな朝で私は窓を開け放ったまま空港に向かう支度をしていた。迎えの車が来る時間を気にしながらバスルームから出てきたとき「ブーン」という低空飛行のエンジン音が聞こえた。その異様な音でとっさに「落ちたら嫌だな、これから飛行機に乗るのに」と思った。リビングに戻ったらついていたテレビの朝のニュースの画面の中でツインタワーのひとつから煙が出ていた。すぐにはさっき聞こえたエンジン音とその煙が結びつかなかった。リムジン会社に電話を入れワールドトレードセンターが火事みたいだから予定より早く車をよこして欲しいと頼んだ。道が混んだら飛行機に乗り遅れてしまうから、と。
最初に日本の母親から電話が入った。彼女と話している途中で何度も次のコール・ウェイティングののシグナルが聞こえた。電話線が唐突に断たれると携帯電話が鳴った。そして最初のタワーが崩れたと同時に携帯電話のシグナルも落ちた。
迎えの車は来ず、私は出張のためにパッキングした荷物をほどくこともしないで数日間を過ごした。
私の生活はいま、日常とテロ事件、そして戦争がパラレルで進行している。どれかだけを無視したりどれかひとつだけに集中して生活することはできない。
ベトナムもソ連侵攻も湾岸も遠い戦争だった。今は目の前で人が死に、町は破壊され戦争が始まろうと、いやすでに始まっている。と同時に銀行の口座から電話代や光熱費が引き落とされる。状況は日々深刻化しやっとの思いでふらふらと立ち上がった私を混乱させる。
マンハッタンの南の空を見ても私はタワーの在りし姿を頭に浮かべられない。日常的に目にしていたせいで意識して見ていなかったのかもしれない。不自然な空間となったその部分に空ろなまなざしをさ迷わせるだけだ。あの朝、煙と炎に包まれ崩れていく姿が意識してツインタワーを見た最後になった。
いまそこは メGround Zero(グラウンド・ゼロ)モ と呼ばれ、まだ燃え続ける地下からの煙でくぐもっている。
うちから3ブロックしか離れていない消防署「Ladder 3」の消防士25人のうち12人が死んだ。
大勢で買い出しをしている消防士たちとスーパーマーケットでよく一緒になった。初めて彼らを店内で見たとき私は人気高いアメリカの消防士を近距離で見るチャンスとばかりにその頑強な男たちの間にかき分けるようにして入り込み、食べもしない肉を選んだ。彼らは私と隣人たちの日常の一部だった。顔を合わせれば メ Hi モ と言い合うのにいつもいるからという気持ちで誰ひとりの名前も聞かなかった。
私は「Ladder 3」に献花に行っていない。
精神科医たちが以前の日常ルーティーンを始めることがトラウマからの回復の第一歩になると新聞に書いたりテレビで言っているのでそうし始めた。事件以来つけっぱなしだったニュースを消し、ちゃんとベッドで眠り、料理をして食べる。一日一回は必ず外に出る。町中に貼ってある「行方不明」の顔写真はなるべく見ないようにする。ジムに行って運動をする。友達と事件以外の話をする。楽しみを見つけてちゃんと笑う。最初は苦痛だったこともだんだんできるようになって、なるほど少しづつやる気が出てくる。
日常が崩れることで精神的なバランスを失った自分がこんどは日常に助けられようとしている。戦争が始まってもしかるべき請求書は郵送される。6,400人がまだ瓦礫の下にいても証券取引開始のベルが鳴る。グラウンド・ゼロからの煙の匂いで気分が沈み込んでもブロードウエイの劇場は幕を開ける。星条旗が掲げられた窓の下を子どもたちが笑い声をあげて登校する。
「Ladder 3」の消防士たちの大半が瓦礫の下に埋まったんだと気づいたのはつい最近のことだ。毎日ニュースがたくさんの消防士が犠牲になったことを伝えていたのに脳の働きがどうにかなっていたのか身近な彼らを想像しなかった。
行けずにいる「Ladder 3」に出かけよう。献花の代りに私は遺族に寄付をしよう。そして署の前に山のように捧げられている古い花を捨て、溶けて道を汚しているろうそくを掃除しよう。私は日常生活で精神を支えながらこのパラレルワールドで生きていく術を探していかなければいけない。
朝香初美
テレビ・ディレクター
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