【ニューヨーク発】なおちゃんのバンド日記
[ Last Updated : 11/15/97 ]
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- バンドの話2.1
マネージメントが契約に踏み切ったワケ
マネージメント側が僕達とサインしようと決めた背景には、次の様な話がある。 彼らはコーリーから受け取った僕達のテープを気に入ったのだが、次に、自分達の感性が正しいかどうかを確かめるべく、そのテープを彼らの知っている各クラブで流したそうだ。 要するにそれを聴いた人々の反応をリサーチしてみたわけである。 その結果、反応が良かった(そう)なので、契約しようと決めたそうな。 このやり方、いかにもアメリカらしくありません?
ニューヨークに戻って来て・・
さて、「こうなった以上どうしてもニューヨークに戻れないと困る!」 との願いが通じたのか、ビザは以外にもスムーズに発行され、僕はなんとかニューヨークへ戻って来た。
で、1ヵ月も日本にバケーション感覚でいたので、ニューヨークの感覚が戻って来るのに時間がかかりそうだナー、なんて心配していたのだが、まさしくその通り!になってしまった。 毎日持って帰って来たラッキョウと梅干しを食べ続け、しかも、犬の散歩へ外に出れば、日本の歌謡曲を口ずさみ、家にいれば、日本の本と雑誌を読みふける始末。 これは思ったより重傷で、こちらの感覚に戻るまで、約2週間もかかってしまった。
そしてバンドの練習再開
早速バンドの練習を再開したのだが、なにせ1ヵ月もギターをさわってなかったオカゲで、指は動かないどころか、弦をおさえているだけで痛くなってしまって、まいってしまった。 メンバーには「別に何も変わってないじゃん」と言われたが、こっちは呆然と演奏していたのである。
将来のマネージャーと対面
練習の再開の次には、マネージメント・オフィスへ行き、将来のマネージャーとの対面だ。 彼らのオフィスはソーホーにある古びたビルディングのこぢんまりした1室で、映画でよく出てくるボロい私立探偵事務所を思い起こさせる雰囲気だ。 入り口のドアのガラスには部屋番号の304という数字だけ書いてあり、中は見えない。
ドアをノックすると、1分ほど間をおいて太めの、目つきが鋭い黒人の男が出てきた。 彼こそが将来のマネージャーとなり得る人物であった。 彼の名はヴィンスといい、僕達のことを気に入ったという張本人である。
早速散らかっているオフィスの片隅にイスを置き、話を始めた。 オフィスにはヴィンスの他に、彼のパートナーでもあるピエールというフランス人の若い男がいた。 ヴィンスはその目つきから、一見怒っているようにも見えるが、全然そんな事はなく、「とにかくキミが帰ってくるのを待ってたんだぜ..オーイ! ナオはどこだ! っていつも言ってたんだ」と言った。
そして、どうして僕達の事を気に入ったのか、これからどうするつもりなのかを早口で話し始めた。 彼は僕達のどんな質問にも素早く答え、1つの質問に対しいくつもの説明がついてくる。 まるで事前に答えを用意してあるかの様に彼は話し続ける。
「なかなか頭の切れる男だ・・・」というのが僕の第一印象だ。 僕がどんなに頑張っても彼の様には話せまい。 まさにアメリカン・ビジネスマンである。 しかも彼の話し方には黒人アクセントがまったく無い。 彼がどういう経歴を経て来たのか少し興味を持った。
彼らの計画
実はヴィンス達の本当の仕事は、ミュージシャンのマネージメントではなく、インターネット・ビジネスのコンサルタントであった。 現在急成長しているインターネット・ビジネスだが、彼らはこれからもっと伸びるであろうとされる、インターネットでの音楽マーケティングに目をつけたワケだ。 そこで彼らの将来的な長期ビジネス計画の中に、僕達を含めたいくつかのバンドを組み込もうとしていた。
そして、彼とその計画について幾つか話し合ったのだが、それらは僕にとって大変興味深いものだった。 そのうちの1つは、僕達を郊外のクラブから出演させて、イナカの方から人気を定着させて行こうというものだが、僕はこれには大賛成だ。 何故なら、アメリカでは郊外の方が、ロック・ミュージックの人気が高いのだ。 僕はもともと広大なアメリカにあこがれてこっちに来たので、自分の音楽も、以前の南部でのイナカ暮しを反映した「郊外ロック」と表現している。 そして、そのイナカの人達(本当のピュア・ロック・ファン!)に僕達の音楽を聞いてもらえるのなら、これ程うれしい事はない。
コーリーの成長ぶり?
ただ、1つ驚いた事は、コーリーの上達ぶりである。 もともと彼は、リズムの安定感に欠けていたのだが、今回集まってみると、彼なりのグルーヴがなんとか見えてきているではないか。 彼は、僕がいない間「沢山練習した」と言っていたが、たった1ヵ月でここまで変化が分かるのも「やっぱり若さだねぇー」と他のメンバー達と感心しつつ、ため息をついた・・・ 彼はやっと19になった。(以前19だと言っていたのはウソだった)
コーリーに見習うべき事
で、彼が、世話になっていたおじさんのアパートを飛び出した事は、最初の話で触れたと思うが、結局その後、彼は何人かの友人の家を泊り歩いている生活を続けている。 しかも泊まる場所が見つからない日には、ナント僕達のリハーサル・ルーム(とは言っても、汚い物置き部屋だ)に寝泊りしている! とにかくドラムを叩くという事だけの為に、ここまでして生きている彼のアティテュードは、特に日本の若者達は学ぶべきだと思う。 彼の携帯品は、全てバスドラムの中に入っているのだ・・・!!!
でもあいかわらずコーリー
ある日の早朝5時に電話が鳴った。 コーリーからだ・・・ いやな予感がした。 案の定、刑務所に入れられていたらしい。 で、ついさっき出してもらって、リハーサル・ルームに寝にいったけど、鍵が開かない、どうしよう・・・という内容の電話だった。 朝の5時に突然そんな事を言われても、何が何だか分かるワケがない。 彼は「悪かった、とりあえず、もう少し鍵を試してみる」と言って電話を切った・・・
次の日、リハーサル・ルームへ行くと、やっぱり鍵が変わっていた。 そのリハーサル・ルームのオーナーは安全の為、不定期に鍵を変えるのだ。 そこで、僕はそのオーナーと連絡をとり、なんやかんやとリハーサル・ルームへ行ったり来たりしていたら、道で偶然ばったりとコーリーに会った。(彼は最近、ボロ自転車を拾ったので行動範囲が広くなり、よく変な場所で彼に出会うのだ・・・) で、やっと事件の顛末を聞いた。
前日彼は、地下鉄のトークン売り場があまりにも混雑していたので、それを無視してゲートをジャンプした(バカ!)そうな。 それを覆面警官に見つかった。 しかも運悪いことに、その日はハロウィンの前日で、警察は「ハロウィンの日は血の儀式」と決めている黒人ギャングの取締りを強化していたのだ。 コーリーは僕が見ても、そのギャング達と見分けがつかないくらいだから、当然すぐ Jail へブチこまれたワケだ。
結局、彼がギャングでも何でもない事は警察も分かったので、半日で出されたらしいが、まったくコーリーらしいハナシではある。
コーリーとの連絡はマネージャーの仕事
さて、そんな感じで毎日活動(?)しているワケだが、今度から一番助かるのは、どこをほっつき歩いてるか分からないコーリーとの連絡は、マネージャーの仕事となった事だ。 今までは、コーリーがどこかしらの公衆電話からウチにかけて来ない限り、お互いの連絡は取れなかったのだ!!
マネージャーのヴィンスも彼の事が一番心配らしく(そりゃ当然だ)、夜はビレッジに行って、ビラ配りをしているコーリーの様子を見に行っている。 そして、オフィスのボイス・メッセージも、彼用にメッセージが残せる様にしてくれた。
そんなワケで、この奇妙なバンド活動はとりあえず、今日もせっせと続いているのである。
**契約の話へとつづく**
NAO
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