【ニューヨーク発】なおちゃんのバンド日記

 [ Last Updated : 5/16/00 ]

バンドの話 <その12:ついにウェブスター・ホール>


ついにウェブスター・ホール


 そんなうちに、ある日ジェフリーからメッセージが入った。 「9 月の頭にウェブスター・ホールでプレイしないか・・・」 僕は早速 COVER のオフィスに電話する。 電話を取ったのはジェフリーのパートナーで、金曜のロック・ナイトの DJ をやっているエルだ・・・。
 コイツもかなりおかしな奴だ。 ジェフリーのように明るくヘロヘロに飛んでいる風ではなく、彼は暗〜く、ボゾボソと話す。 しかもちょっと感覚がずれていて、やはりブッ飛んでいる風なのだ。 例えば会話の途中でいきなり禅の話とか始めてしまう。
 
 僕はエルに「オファーは嬉しいけど、お金が無いんだってば・・・」と言った。 すると、彼は「いや、カネはいらないよ。 キャンセルが出たから、友達として出してあげようと思ってるんだ」

  おぉ、これは願ってもいないチャンスだ・・・。
 しかしそれはすぐに諦める事になった。 というのは、バンド・メンバーの一人がその時期にNY にはいない事が分かっていたからだ。 というわけで、せっかくの話も瞬時としてお流れとなった。

 そしてその後、10月にもまたジェフリーから同様のオファーを受けたが、それも別のメンバーの都合でキャンセルせざるを得なかった。 この時期あたりから、僕がこういうバンドの状況にウンザリし始めたのも確かだった・・・。
 とりあえず、メンバーのスケジュールを調整しては小さなクラブでプレイした。 その間に、バンドのマネージャーやプロデューサーになりたい、という人物が 3人ほど現われたのも確かだが、どれもこちらが振り回されるばかりで、中途半端な話で終わってしまった。

 とにかくこの頃は、そういったキリキリさせられる出来事が多かった。 そしてやっと 12月 にメンバーの都合も揃って、ウェブスター・ホールのライブが実現した。
 今思えばたいした事はないのだが、とにかくあの頃の僕にとってそれは正念場だった。 毎日、チラシのカード作りや、ゲストリストの作成、曲選び、ビデオ撮影の手配、練習と、とにかくライブの事ばかり頭にある生活だった。

 そして、ライブ当日・・・。 人の入りはまぁまぁで、悪くはなかった。 ただ、ミックスの音が酷かった、ついでにステージ上モニターは更にサイアクで、何も聞こえない状況で演奏した。 僕自身はそんなに気にしてはいなかったのだが、そういうのにイチバン口うるさいのがドラマー、コーリーだった。

 彼は曲の合間になると背後から僕を呼んで、エンジニアに音が聞こえないとマイクで言うように催促する。 だから僕がエンジニアに向かって「ベースが聞こえないよ・・・」とか言うのだが、そのエンジニアもバカなヤツで、どこをどういじっているのか知らんが、音はますます悪くなる一方だった。
 最初のままの状態でガマンしてプレイしてればそれで良かったのに、もう後の祭りである。

 そういうわけで、ステージが終わった瞬間からコーリは超不機嫌。 ブツクサ文句をたれ始める。 「もうこんな所では 2度とプレイしないぜ! あのエンジニアの野郎ぶっとばしてやる・・・」などなど。
 ついでに始末が悪いのは、ゲストで呼んだインディー・レコード会社の人物が「思ったよりもよく無かった・・・とくにベースがねぇ・・・」などとコーリーの前で話を始めた・・・。 その彼は今回、僕達のライブを一番期待していたゲストだったし、こちらとしても良い所を見せたかった。

 ・・・.そんな具合だったから、今度はコーリーはバンドのベーシスト C.K. を攻めはじめる。 「アイツのステージは良くないぜ・・・」 せっかく演奏し終わったというのに、楽屋の雰囲気ブチこわしだった。  僕も彼のブツクサには頭に来たので楽屋に置いてあった扇風機を投げ倒して「テメー、いい加減にしろ!」と言わなくてはならなかった。

 そんな事があった数日後、ベースの C.K. が正式にバンドを辞めると言ってきた。 もともと会社員の彼は、スケジュールをかなり無理していたので、いずれは辞めたいという話にはなっていたのだ。
 ただ、こちらとしても彼がいないと困るから、その話はあいまいにしていたのだが、ここで彼もこういうバンド活動にはウンザリしたのだろう。

つづく。




 NAO
 ミュージシャン

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