ICOAニュース

5月31日
 アトランタのアミーガショーでは、ペトロ氏(アミーガインターナショナル社社長)からの驚くような声明はなかった。一方、ICOA代表のスカル・ロレットはICOAという組織の目的について詳細に語った。彼によれば、話はうまく伝わったと思うとのこと。ICOAの地響きが大きくなるのが聞こえるようだ。

 ペトロ氏は再びICOAに好意的な話をしていた。フェイズ5社はゲートウェイ2000社と直接交渉しているようである。


5月17日(土)、ICOAは公式にAmigaのコミュニティに紹介された。WOA(イギリスで開催されたザ・ワールド・オブ・アミーガ・ショー)のIRC(インターネット・リレー・チャット)会議に続いて、ICOA主催のIRC会議が開催された。主だった開発メーカーが多数出席し、幅広い話題について話し合った。

 ICOAのベン・ハッチングスがWOAでの出来事を完璧にレポートしてくれた。以下はそのレポート。


ザ・ワールド・オブ・アミーガ, 1997年5月17日,18日

レポーター ベン・ハッチングス

 イギリス、ロンドンのハマースミスにあるノヴォテルホテルで開催されたザ・ワールド・オブ・アミーガ・ショーには、欧州のほとんどのアミーガ用ハードウェア・ソフトウェアの開発メーカーが参加していました。最近の開発動向をアピールするチャンスだったのですが、残念なことに注目に値する新製品の発表はあまり見られませんでした。

 そんな中、ゲートウェイ社はアミーガテクロノジー社の財産とアミーガに関する知的所有物の獲得に続き、アミーガの将来に向けてのプランについて、初めて声明を発表しました。私は、このショーにフィッシュラップ(The FishWrap, アミーガ関連ニュースのウェブページ)へのレポートのために来たのではありません。インダストリーカウンシル/オープンアミーガ・イニシアティブ(ICOAイニアティブ)の代表としてやって来たのです。金曜日の記者会見にはレポータ兼やじ馬として参加し、土曜日の夜のデヴコン(DevCon, 開発者会議)にはICOAイニシアティブについて話しました。デヴコンは、QMWアミーガソックにより設立されたもので、主催はカーミット・ウッドオール氏です。

 ここでは私はレポーターとして他の方々から一歩引いているつもりだったのですが、結局、およそ中立的なオブザーバーとはかけ離れた状態になってしまいました。アミーガソックに感謝しなければいけません。デヴコンで私に時間を作ってくれただけでなく、記者会見の出席者リストに私の名前を入れてくれたのです。


記者会見 5月16日(金) 午後3時

 記者会見は、WOAのオーガナイザー、ピーター・ブラメルドの歓迎のメッセージから始まりました。そして、ゲートウェイ2000社のグローバルマーケッティング部門の上級副社長、ジム・テイラー氏を紹介しました。

 ジムは、まず、ゲートウェイ2000社がアミーガテクノロジー社の買収を完了したことを発表しました。そしてゲートウェイ社がテキサスインストゥルメンツのコンピュータをサポートする小さな事業者から始まって、国際的な企業、アメリカで5番目に大きいパソコンメーカーに成長するまでを話し、アミーガの買収がゲートウェイ社の製品を多様化する計画にいかに合致したものであるか、いかに顧客の支持を得つづけることに成功しているか、ということを力説しました。

 彼は、買収の際にアミーガのユーザーたちから送られたメールがたいへんな量にのぼることについて手短にふれました。あとで知ったのですが、これらのメールは、どれも
「あんたの会社はアミーガを買収したが、俺たちの言う通りにさえすれば、うまくいくだろう」とか、「あんたはアミーガを買収したが、もし失敗させようものなら、ぶっ殺すからな!」
というようなニュアンスを含んだものだったそうです。

 ジム・テイラーは彼自身にほとんどコンピュータの知識がないことを認め、買収がアミーガの未来にとってどんな意味があるのかについて詳しく説明する役目は、ペトロ・ティシュトシェンコ氏、現アミーガインターナショナル社マネージングディレクターに任せました。

 ペトロは、コモドールやエスコムのとったクローズドな戦略からは離れ、アミーガインターナショナル社は「ライセンスを広めることによって現在のアミーガの技術を動かすテコになりたい」、「オープン・アミーガ・イニシアティブのような考え方を取り入れ開発メーカーと協力して働いていく」つもりだと説明しました。彼はアミーガOSの開発は間違いなく続けると明言しましたが、アミーガの新機種の生産については何も述べませんでした。その代わり、アミーガインターナショナル社は「アミーガコンピュータをより安価に生産するために、標準的な部品を使用」し、アミーガOSをPIOSやフェイズ5などのハードウェアメーカーにライセンス供与をするつもりであると述べました。

 これに引き続き、集まった取材陣がペトロとジムに質問をする機会がありました。主だった質問の回答はすでに得られていたので、私は質問しませんでしたが、他の方々がなかなか興味深い話を聞き出していました。ジム・テイラーはアミーガについて知っていることを尋ねられたとき、こんなふうに答えました。
 というのも、ゲートウェイ社がアミーガを買収する部門を設立したとき、彼はアミーガがクリエイティブなあらゆる分野で、特にビデオの分野で利用されていること、ホットワイアード(HotWired)のようなクリエイティブな事業の多くに大いに利用されていることを初めて知ったそうです。アミーガのデモシーンについて尋ねられたとき、彼はそれがアミーガで制作されていることを本当に知りませんでした。誰かが実際にアミーガを持っているかと尋ねると、ジムはペトロが彼のために1台用意してくれたのだけれども、彼のクリエイティブなスタッフが持ち去ってしまったんだと話しました。

 ペトロが今後の開発について約束したのは、新バージョンのOSを11月頃に出すということだけでした。これは0S4.0というよりは、マイナーバージョンアップ程度のものだそうです。ゲートウェイ社とアミーガインターナショナル社は、大きな決定下す前に他のアミーガ関連メーカーと話し合う時間を十分に持つことが必要です。ですから、この週末の時間が彼らにとって無駄ではなかったことは間違いありません。

 質疑応答の後で、私はジム、ペトロ、それからゲートウェイ社の代表者であるスティーヴ・ジョーンズ、キース・ブラドックスと話す機会がありました。スティーブとキースは、各々コーポレート・デベロップメント部門のディレクターとマネージャーですが、当面、ゲートウェイ社の中で、アミーガインターナショナルと日々最も緊密に仕事をしている人たちのようです。私はスティーヴに手短かにICOAイニシアティヴについて話し、アミーガソックが彼を土曜日のデヴコンへ招待したがっている旨を伝えました。彼は、アミーガの将来と、報道機関やテレビへのパブリシティについて意見のある人々から話を聞くことにたいへん興味を持っており、意見の詳細を送ってくれるように頼まれました。私はICOAのプレゼンテーション資料を手渡したのであまり話すことがなかったのですが。


ザ・ワールド・オブ・アミーガ ショー 5月17日(土)午前10時−午後5時

 ノヴォテルホテルについたのは、午前9時30分。すでにホテルの入口からショーが開催されるメインホールまで列が伸びていました。私は出展者として参加していたので別の入口から入りました。中に入るとすぐ、フィナーレ・デヴェロップメント社のブースを見つけました。そこではアラン・ペンダースがブースのスタッフの半分をまとめていました。アランは ICOAでの討議にたくさんの時間を費やしてくれ、ICOAの広報のために、ブースの相当な部分を提供してくれました。10時に押し寄せてくる来場者の大波に備えて出展者たちが最後の準備をしている間、私は会場内を歩き回って出展者の何人かにICOAのことを話してきました。

  • CUアミーガマガジンは最新号とバックナンバーを売っていました。また、インターネットでのバーチャル来場者のために、ビデオカメラとインターネット接続を実演をしていました。そして、アミーガ版TFX(フライトシミュレータ)の客観視点からの映像を流していました。しかし、TFXは50MHzの68030であっても全くつまらない飛行体験しか得られませんでした。ノーマルなA1200が標準だった頃に移植がお蔵入りになったのも、もっともなことかもしれません。これらのコンピュータはA600ノートブックシステムとCUのネットワークの中心となっている悪名高い"クソ"A4000システムに接続されていました。

  • ウィザード・デベロップメント社は驚いたことに新しいA1200マジックパックを売っていました。これは普通のA1200ではなく、ハードディスクとアクセラレータがすでに搭載されているものです。ブースの大部分は、彼らのイギリスの代理店に与えられていました。

  • GPソフトウェアでは、私の友人、レオ・デイビッドソンが人気のディレクトリ・オーパス・バージョン5.6 "マゼラン"のデモンストレーションをしており、プログラマのドクター・グレッグ・ペリーが説明をしていました。

  • ノヴァ・デザイン社は優れたソフトであるイメージFXとアラジンの最新バージョンを出展していました。

  • アイリーソフト社は印刷用拡張ソフトのターボプリント・プロフェッショナルを展示していました。

  • PIOSコンピュータ社はハイエンド・マッキントッシュ互換機のKeenyaケニヤを展示しており、ハードディスクドライブがついてなかったのにもかかわらず動作していました。しかし、transAMトランザムのプロトタイプはついに動きませんでした。ドクター・ピーター・キッテルが開発が進んでいない理由を説明してく れましたが、それによれば、デイブ "Hazy" ヘイニーは陪審員になっていたためアメリカに戻っていて、数週間ONE(トランザムプロトタイプ)のマザーボードの仕事をできなかったそうです。
     PIOS社のイギリスにおけるマネージャーで、旧コモドールUKで有名だったジョン・スミスが、後にPIOSシステムを購入するかもしれない来場者に、楽しそうに50ポンドのクーポン券を配っていました。

  • ハイソフト・システムズ社は人気のスクァレル(リス)SCSIカードと、これを新しいレース犬(シリアルポートカード)とかけ合わせたサーフスクァレル(SCSIと高速シリアルポートの機能を併せ持つ)カードを販売していました。残念ながらリスは全然はいっていませんでしたが。
     また、新製品としてシネマ4Dの新バージョンがありました。これはCD-ROMになっていて、テクスチャーやシーンが追加されていました。

  • HiQリミテッド社は、ずっとシャムRTGシステムのデモンストレーションをしていました。これは大変なシステムで、1台のモニタ、1つのキーボード、1つのディスクドライブでアミーガとPCを同時に動かせるようになります。おかしなことに、プログラマのポール・ノーランがアミーガインターナショナル社ブースのコンピュータのまわりをウロウロしていました。「コネがなくてね...」と。

  • スカラUK社は有名なマルチメディア・オーサリング・パッケージのデモンストレーションを1日中やっていました。

  • アミーガフォーマット誌のブースはCUアミーガマガジンの真向かいでした。幸い、長年のライバルの間に戦争が勃発することはありませんでしたが、CUアミーガマガジンと同じように、彼らも雑誌を売ったり来場者とゴシップやおしゃベりを交わすのに忙しいようでした。

  • フィナーレ・デヴェロップメント社は、ウェブクルーザーというブラウザーのプレ・ベータ版を展示していました。これはJavaとJavaスクリプトを完全にサポートし、数ヶ月後にリリースされる予定だそうです。プログラマのアラン・ペンダースはこれと最近リリースしたNewYorkというニューズリーダーのデモンストレーションのために来ていました。フィナーレ社はまた、ヴードゥー(メーラー)、デジタルキルというテキストエディタ、そしてフィナーレ社の以前の製品に使用されていた、ClassAct GUIクラスライブラリのためのプログラミングキットを販売していました。

  • フェイズ5社はCUアミーガ誌とブースを共用しており、おそらくこのショーでもっともパワフルなアミーガを展示していました。パワーアップ(アクセラレータ)とサイバービジョン64/3Dを搭載したA4000Tです。ソフトウェアMPEGデコーダーとサイバーGLをPowerPC 603eプロセッサ上で動かし、68060のほうでアミーガ OSを動かしていました。MPEGの表示はワークベンチ(アミーガOSのデスクトップ)の背景の透過色を選択し、そこにMPEGバッファを入れ込むようにサイバーヴィジョンを設定しておこないます。ヴォルフ・ディートリッヒとフェイズ5のハードウェア設計者の一人は、この会社の長年のプロジェクトであるA\Boxについて話すために来ていました。

  • 他にもさまざまなメーカとディーラーが出展していました。まさにアミーガフォーマット誌とCUアミーガ誌でよく知られた人たちの大部分が、常日頃作っているものを売っていました。 私は十分見るだけの時間がありませんでしたが、大したソフトやハードが全然無いなどどいうことはありませんでした。

私はサム・スティックランドやトム・マッキントッシュと、一日中ICOAイニシアティブの代表として話していました。おかげで現役の多くの開発メーカーの方と話すことができ、ゲートウェイ社とJMSの声明に対する反応を聞くことができました。話していただいたことの多くは非公式のものですが、主導的な開発メーカー数社から得たコメントと画像は、早くICOAウェブサイトに掲載したいと思います。


私のレポートはこれで終わりです。デヴコンの話や日曜日の話がもっとたくさんあるのですが、他の方の報告に譲ります。


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