「宮沢賢治受容史年表」からの報告(1)

 大山 尚

 

 昨年(一九九六年)刊行された、「賢治研究」七十号の「座談会」のうしろに掲載された「宮沢賢治受容史年表」をご覧になって、いくつかの項目で「おや?」っと思われた方がいらっしゃるのではないでしょうか。たとえば十字屋書店版『宮沢賢治全集』などがそのいい例で、自分が所有している全集の日付と違っていると気づかれた方も、あるいは、いらっしゃるかと思われます。
 実はこの全集、以前から出版年月日等がちょっとおかしいといわれていたものなのですが、どれくらいおかしいのか調べてみたところ、何が何だかわからなくなりそうなくらい、いろんな日付があることがわかりました。ところで、この「宮沢賢治受容史年表」を作成するにあたっての調査から、宮沢賢治に関した研究資料のなかには、十字屋版全集ほどではないにしても、ちょっと不思議なところのあるものが少なからず存在していることがわかってきました。そこで、これから何回かに分けて、既に知られていることも含め、それらのちょっと不思議な点をいくつか具体的に記して行こうと思います。

   全集の奥付について

 研究論文や、その他公開を前提にした文章に本文を引用する場合、それがどこからの引用であるのかを示すために出典を付します。その際、書名(誌名)、著者名、発行者名、印刷者名、発行日などの書誌データについては、たいてい奥付を利用することになりますが、戦前の書物のなかには、版によって記載事項の異なるものがときどき見受けられるようです。賢治研究資料関係では、文圃堂版全集と十字屋書店版全集に奥付の異同がありますので、以下、それぞれ具体的に記すことにします。

 ○文圃堂書店版宮澤賢治全集

 調査した冊数は十一冊。
 刊行順序は、第三巻、第一巻、第二巻の順。
 巻別の奥付は次の通り。

 [第一巻]

 初版・昭和十年七月二十五日

 [第二巻]

 初版・昭和十年九月二十日

 [第三巻]

 初版・昭和九年十月二十五日

 再版・昭和十年七月五日/初版・昭和九年十月二十九日

 調査の結果、第三巻だけに版の違いによる初版発行日の異同がみられましたが、それ以外の巻については初版以外の版本が未見ですので、版の違いによる日付の異同の有無が確認できませんでした。

 ○十字屋書店版宮澤賢治全集

 調査した冊数は六十七冊。
 刊行順序は、第三巻、第一巻、第四巻、第二巻、第五巻、第六巻、別巻の順。
 結果から先にいうと、各巻の初版出版年月日は次の通りと思われます。

 [第一巻] 昭和十五年一月十日

 [第二巻] 昭和十五年九月三十日

 [第三巻] 昭和十四年六月三十日

 [第四巻] 昭和十五年三月十七日

 [第五巻] 昭和十五年十二月三十日

 [第六巻] 昭和十八年十月三十日

 [別 巻] 昭和十九年十二月二十八日

 先に、「思われます」と述べましたが、それには理由があります。
 十字屋書店版全集は、以前から発行年月日について異同があることが知られていましたが、異同の程度がどれほどなのか、具体的に提示されたものがほとんどありませんでした。そのせいか、賢治研究史上でもこの全集の発行年月日に関しては、いささか混乱があるようで、そのため、今までこの全集の刊行開始と完結の正確な日付がいまひとつはっきりしませんでした。「宮沢賢治受容史年表」を作成するにあたって、この点が特に問題となり、十字屋書店版全集の実物をできる限り実際に見た上で刊行開始と完結の年月日を定めるという方針を立てたのですが、実際に調査してみると、うわさに違わず、いろいろな日付が存在していることがわかりました。その後、調査の結果をまとめ、とりあえず各巻の初版発行年月日を前記のように確定することができたのですが、その結果による全集の刊行開始と完結の日付が、どうもこれまでの研究史上に掲載されたものと違う部分のあることに気づくことになってしまいました。
 研究史上に掲載された刊行開始と完結の日付を、いくつか具体的に記すと次のようになります。

 ・草野心平編『宮澤賢治研究』(昭和十四年九月、十字屋書店)「宮澤賢治年表」昭和
  十四年の項
    六月三〇日「宮澤賢治全集」(校定版 第三巻)「童話集前編」十字屋書店より
   出版。
 ・草野心平『宮澤賢治覺書』(昭和二十六年十二月、創元社)「宮澤賢治研究年譜」(
  小倉豊文編)
    昭和十四年六月三十日の項。校定版第三巻、童話集前編出版(以下続刊全七冊、
   十字屋書店)
    昭和十四年二月二十八日の項。「宮澤賢治全集」校定版別巻出版、全七冊完成
   (十字屋書店)
 ・境 忠一『評伝 宮澤賢治』(昭和四十三年四月、桜楓社)参考文献の項
    …宮澤賢治全集(略)(昭十四・十一 ― 十九・二、十字屋)(略)版によって
    作品年代などに若干の差異がある。
 ・草野心平『わが賢治』(昭和四十五年九月、二玄社)「賢治・心平交渉年譜」昭和十
  四年の項
    一一月、第一回配本第三巻「童話篇(上)」が上梓される。(略)第七回配本別
    巻・年表書翰等(昭和19年2月
 ・続橋達雄編『宮澤賢治研究資料集成』別巻(平成二年六月、日本図書センター)「宮
  澤賢治研究史―受容と評価の変遷(1)―」
    …同じ初版でも発行年月日の異るものがある不思議な全集。(略)第三巻(一九
    四〇・三・一七
)。(略)小倉豊文「宮澤賢治研究文献目録」(一九五八・八月、
    草野心平編『宮澤賢治研究』)では、一九三九年一一月発行、第一回配本として
    いる。(略)別巻(一九四四・二・二八)。
                        (傍線は全て大山)※ここでは斜体

 これらによると、刊行開始(第三巻)は、十四年六月三十日・十四年十一月・十五年三月の三説あることになりますが、完結(別巻)に関しては、昭和十九年二月(十八日)だけということがわかります。余談ですが、草野心平編の『宮澤賢治研究』は、十字屋版全集刊行開始直後の昭和十四年九月に出版されているわけですから、「六月三〇日」という日付は信頼できるものだと思えるのですが、三十一年後の『わが賢治』では、なぜか、日付を「十一月」としているところがちょっと謎です。
 さて、ではこの研究史上の諸説と調査の結果を比べるとどうなるかということですが、まず、刊行開始の日付に関しては、昭和十四年六月三十日と十五年三月は共に存在することがわかりました。これは、つまり、前者は初版本のみに記された日付であり、後者はそれ以外の版(三版以外は未見)に記されたいく種類もある初版発行日付の一つということが原因による混乱であったことがわかりました。ところで、もう一説の昭和十四年十一月ですが、これは調査できたもののなかには存在しない日付であることがわかりました。もっとも、仮に存在が認められたとしても、それより五ヶ月早い日付があるわけですから、刊行開始年月日の特定には問題がないのですが、それにしても気になる一冊です。もしその日付を持つ十字屋書店版全集・第三巻をどこかで見かけたら、あるいは所有なさっている方がいらっしゃいましたら、お知らせ頂ければ幸いです。
 次に完結の日付に関してですが、これは、実はちょっと判断に迷う状況があります。研究史上では全て同じ昭和十九年二月(十八日)なのですが、調査の結果によると、その日付は全て初版以外の版にしかなく、初版本には昭和十九年十二月二十八日と記されています。なかには十二月の十の字を砂消しのようなもので消した跡のある本もあり、そんなことなどを合わせて考えると、事実は、あるいは二月なのかもしれないと思えるのですが、当初の方針でもある、「十字屋書店版全集の実物をできる限り実際に見た上で刊行開始と完結の年月日を定める」に従って、初版本の奥付にある日付を完結年月日と定めることにしました。

 この他、この全集には検印の違いによる発行日と巻の編名の違いなどもありますが、そのことが何を意味するのか、また本文に違いがあるのかなど未調査の部分があるので、それらについては、ここでは指摘するにとどめておくことにします。
 最後に、調査した各巻の発行日付の異同を版別に掲載しますので、もし、掲載されていない日付のあるものを御存知でしたらお知らせいただけたらと思います。

 [第一巻]

 初 版・昭和十五年一月十日
 第三版・昭和二十一年十一月二十五日/第一版発行・昭和十九年二月二十八日
 第三版・昭和二十四年十一月二十日 /第一版発行・昭和十五年一月五日
 第三版・昭和二十六年三月十日   /第一版発行・昭和十五年一月五日
 第三版・昭和二十七年六月二十日  /第一版発行・昭和十八年十月三十日

 [第二巻]

 初 版・昭和十五年九月三十日
 第二版・昭和二十二年五月三十日  /第一版発行・昭和十八年十月三十日
 第二版・昭和二十三年三月二十五日 /第一版発行・昭和十五年九月三十日
 第三版・昭和二十八年九月五日   /第一版発行・昭和十五年十二月三十日

 [第三巻]

 初 版・昭和十四年六月三十日
 第三版・昭和二十一年五月二十五日 /第一版発行・昭和十九年二月二十八日
 第三版・昭和二十四年三月二十五日 /第一版発行・昭和十五年三月十七日
 第三版・昭和二十八年十一月十五日 /第一版発行・昭和十四年七月十五日

 [第四巻]

 初 版・昭和十五年三月十七日
 第二版・昭和二十二年三月一日   /第一版発行・昭和十五年三月十七日
 第三版・昭和二十三年十二月一日  /第一版発行・昭和十五年三月十七日
 第三版・昭和二十八年十月十五日  /第一版発行・昭和十四年七月十五日
 第三版・昭和二十八年十一月十五日 /第一版発行・昭和十四年七月十五日

 [第五巻]

 初 版・昭和十五年十二月三十日
 初 版・昭和二十二年十一月三十日
 第三版・昭和二十四年十二月三十日 /第一版発行・昭和十五年十二月三十日
 第三版・昭和二十六年五月十五日  /第一版発行・昭和十五年十二月三十日

 [第六巻]

 初 版・昭和十八年十月三十日
 第二版・昭和二十二年五月三十日  /第一版発行・昭和十八年十月三十日
 第三版・昭和二十七年六月二十日  /第一版発行・昭和十八年十月三十日

 [別 巻]

 初 版・昭和十九年十二月二十八日
 第二版・昭和二十三年五月二十五日 /第一版発行・昭和十九年二月二十八日
 第二版・昭和二十七年七月三十日  /第一版発行・昭和十九年二月二十八日
 第三版・昭和二十七年七月三十日  /第一版発行・昭和十八年二月二十八日


[「賢治研究」74(平成九年十二月三十日発行 宮沢賢治研究会)所収]