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「むの字屋」で軽く一杯
★お燗の会★17/3/11のお酒 燗酒を呑む。温度違いで呑み比べてみる。 呑んだお酒は15種類である。それぞれ温度違いの燗を付けて呑んだから実際にはその2倍以上の種類を呑んだ勘定になる。 酒燗器はご存じ錫製の「ミニかんすけ」である。 さて、うまい燗酒があったかというと、またしても当たりはなかった。 燗をつけるとちょっと呑みやすくなるという酒はあったが、これはうまいと涙を流せるような燗酒には出会えなかった。 燗を付けるとお酒の味わいの表情が変わるということは分かるのではあるが、わざわざ燗を付けてまで呑みたいと思う酒は少ないのである。 とはいえ、燗を付けてさしつさされつして呑むお酒が楽しいのである。燗を付けることで一呼吸おいてお酒を呑むという余裕がいいのである。いや、美女の皆さんと一緒に呑んだのが楽しかったのかもしれない。 燗酒を呑むぞと言うと美女たちが寄ってくるのなら、燗酒はおいしいお酒である。 燗酒がうまいというより、燗酒なら遊べるということである。 にごり酒に燗を付けて呑むというのもおもしろかった。 なんてったって、ふだんはそんなに呑めない庵主が、燗を付けたお酒をいろいろ呑んでいると結構な量が呑めてしまったのだから凄いのである。 うまいお酒は燗酒でというよりは、お燗でおいしく、楽しくお燗といった感じだった。 ★速報 ネストビールの「XH」★17/3/13のお酒 常陸野ネストビールの「XH」(エクストラハイ)がうまい。 まず香りがいい。芳香といっていい。といっても日本酒の吟醸酒でやたらと香りが強過ぎる酒のような極端に走った、いかにもいい匂いでしょうといった作った匂いではない。 いいホップを使ったら当然そういういい匂いになったという、ケレンのない素直な芳香である。香りが豊かなのである。 一口飲むとこれがビールだと思う。これがエールのうまさだと納得する。陶然となる匂いがいい。匂いが厚い。 もちろん味も十分である。 アルコール度数が8%と少し高めではあるが、その味わいのバランスはいい。 まさに芳醇な味わいである。 このビールはお勧めである。 いまなら池袋の西武百貨店の酒売場に並んでいる。飲むなら今である。 博石館ビールとネストビールが庵主はうまいと思う。それと「よなよなエール」とである。ただし庵主はビールもまた一杯しか飲まないのであるが。 余談 裏ラベルを見ると「製造年月日 05.02.19.」と明瞭に印字されているのがいい。 そして「製造から2ケ月までは新鮮な味わい9ケ月までは熟成した豊かな味わいがお楽しみ頂けます。」と書かれている。 何本か買っておいて味わいの変化を楽しみたくなるのである。 ★田舎のヒロインわくわくネットワーク全国集会2005★17/3/14のお酒 庵主はとうとうあの早稲田大学にはいった。もちろん入学したわけではない、構内の講堂で開催された催し物を聞きに行ったのである。 「田舎のヒロインわくわくネットワーク全国集会2005」である。 全国の農業に従事している女性が集まってくる集会である。 とにかく発表者の元気がいいのである。ひょっとして日本の農業の実態は女の人が支えているのではないかと心配になってきたほどである。 男はといえば、農林官僚のように狂牛病のおそれがあるアメリカ牛肉の輸入再開に狂奔してみたり(失礼、今回はよく正しい抵抗をしている)、不良乳を廃棄するのはもったいないと思ったのだろう再利用して中毒患者を出してしまう会社があったりとか、ろくなことを考えていない。 集会の主題は食の安全と安心して食える農産物である。 思えば、庵主が好きなお酒もその原料は米なのである。米はまた他の農作物と同じように土地と水に依存しているのである。自然環境の悪化が農作物に悪影響をあたえないわけがない。 日本人は何を食って生きるのかということはしっかり考えなきゃならないと思うのではあるが、お酒を呑んでいると酔っぱらってついそんなことはどうでもよくなってしまうのである。 艱難辛苦に満ちた農家の嫁の奮闘話を聞きながら、そしてそれを乗り越えてこれほどまでに明るいタフな精神にふれて涙がにじんだのである。もっともこの日は花粉症が激しい日でそれは花粉症のせいだったかもしれないのだが。 ★フーデックス異聞★17/3/16のお酒 幕張メッセで開催されていたフーデックス(食品見本市)に行ってきた。 その時の話である。 奇跡が起こった。 生まれて初めて利き酒に成功したのである。 自慢ではないが、庵主は純米酒とアル添酒の区別がつかないのである。それなのに孫悟空(庵主が三増酒に付けた愛称)はやっぱりよくないと言っているのだからをいいかげんなのである。もっとも、よくないというのは、庵主の味覚を満足させてくれることがないからよくない酒だといっているだけなのだが。 焼酎のコーナーに行くと、勢いのあるものというのはやっぱり華があるのである。自信に満ちているということはだまっていても周囲にその雰囲気をふりまいているのがわかる。 庵主は焼酎は好んでは呑まないけれど、そのコーナーの高揚感は気分がよかった。 で、焼酎コーナーで利き酒セットがあって、泡盛、芋、麦、蕎麦、米を全部当てると先着200名に限り焼酎をプレゼントしてくれるというお遊びがあった。 「二階堂」の「焼酎倶楽部」をもらっちゃったのである。 お遊びである。大方の人がわかるようにセットされていたことはいうまでもない。庵主は大方の人だったのである。 庵主は焼酎を呑むなら芋である。 芋焼酎のコーナーにいくと「森伊蔵」のゴールドラベルがあった。庵主がはじめてみる壜である。まずそれを呑んでみる。芳醇。呑むならこの芋焼酎だと思うのだが、中を見るとほとんど減っていないのである。この芋はうまかった。隣に並んでいた「正春」や「鉄幹」と呑み比べてみたが、それぞれに明確な味の個性は感じられたものの、やはり「森伊蔵」の金ラベルの完成度が高いと思った。 その「森伊蔵」がほとんど減っていないのをみて、フーデックスの客はお酒狙いの人はそれほどは多くはないと知ったのである。 ★呑めない酒★★17/3/18お酒 新宿の馬券売場の近くにある立ち呑み屋。というより立ち食い蕎麦屋というべきか。夜はお酒も出す蕎麦屋である。 そば・うどんが200円、酒が1杯200円、締めて400円である。安い。 お店に入ると、煙草の販売機みたいなでかい券売機があって、それで食券を買う。 酒はちゃんと「松竹梅」と酒銘を書いてある。お店の入り口にどーんと渡哲也がにっこり笑っている松竹梅のポスターが貼ってあった。 蕎麦ができるのを待っていたら、その間に小さな升の袴をはいたコップになみなみとつがれたお酒が用意されていた。壜から注ぐところを見ていないのでそれが「松竹梅」の壜だったかどうかはわからない。 お酒を先にもらって呑む。 当然普通酒だろうからうまいわけがないという先入観があるからいけないのだ。 酒はいくらか升にこぼれている。 香りは、昔ながらの日本酒のそれである。期待をもたせるにおいではない。しかしつやはいい。色もほんのりと色づいているように見える。炭を使っているのだろうがそれほど極端な使い方はしていないようである。 呑める。存外呑める。けっこういい酒ではないかと味わって呑んでみる。そうは思ってみるものの、悪い酒ではないのだが、やっぱりうまい酒ではない。 1杯の酒が飲み切れないのである。頭の中では悪くない酒だと思っているのに、体が呑みたいといわないのである。 結局、コップに少し飲み残してしまった。勿体ないとは思っても体が受け付けないものだから最後まで飲むことができなかった。 よく考えてみたら、コップにたっぷり一杯の量だったことに気がついた。いつもならその3分の1ぐらいしか呑まないのである。飲みきれなかったのは、きっと量が多過ぎたせいに違いない。 ★呑める酒★17/3/19お酒 値段からいうとけっしていい酒(原料に金をかけた酒だという意味で)ではない。が、呑めるのである。精米歩合が70%でうまい。 「この酒はファンが多くて、発売するとすぐ完売なんですよ。しかもまとめ買いする人が多い」と試飲販売で蔵の人が勧めてくれた。 呑んだみたら、たしかにうまいのである。 庵主の「うまい」は、まず甘いということである。酒は甘くないと呑めないというのが庵主の好みである。ただし甘口(日本酒度でマイナスの酒のこと)の酒はダメである。日本酒度がプラスで甘く感じる酒でないといけない。 そしてアルコール度数が高いということである。庵主は17度ぐらいのお酒を呑むとその度数だけでうまいと感じてしまうクセがある。 この酒は19〜20度とある。かなりアルコール度数が高いのだがこれがまたいい感じなのである。 甘くて高度数という条件が重なっている酒なのである。もちろん本醸造である。生酒である。 お酒の名前は岩手の酒「酔仙」の年末年始限定酒である「初酒槽」(はつふね)である。 甘さとアルコール度数のバランスが絶妙で、甘いと感じる前にアルコールがその甘さをすうーと流してしまい、度数が高いと感じる寸前に甘さがそれをやわらかく包みこんでしまうというお酒である。 けっして高いお酒ではないのだが、すいすいと入る酒である。 1升壜で2205円(税込)。 この酒は、はまる酒である。ただし毎年タンク1本だけということで、市場在庫はあと20〜30本と言っていたから、めぐり会った人は果報者である。瓶に詰めてからちょうど3か月ほどたって味が落ち着いてきたところなのでお買い得である。 うまい酒が向こうからやってくる。庵主の酒運は、酒運だけは恵まれているのである。 ★だまって呑める純米酒★17/3/23のお酒 もう他の純米酒を探すまでもないと思ったほどである。 それは必要にして十分なうまさを味わわせてくれるお酒だからである。 なにも足さない、なにも引かないというキャッチフレーズではないが、それ以上はあえて求めるまでもない、そしてそれ以下の安酒でもない、という贅に走らずまた貧相な酒ではないという端正な味わいにひたることができる純米酒なのである。 純米「開運」のひやおろしである。それはやっぱりうまかったというのが庵主の感懐である。久しぶりに呑んでみたのである。 もちろん比較すればそれよりもうまい純米酒はいくらでもある。またそれとはちがう魅力をたたえたうまい純米酒は少なくないが、「開運」の純米酒はいつ呑んでも庵主の好みを裏切ることのないうまさを味わわせてくれるから安心して呑めるのである。 この安心して呑めるというところがうまいのである。 だまって呑めるうまい酒というのが一番うまい酒なのである。 ああだこうだと能書きをいいながら酒を呑んでいると疲れるのである。近頃のお酒は戒名(純米吟醸無濾過生原酒中汲み季節限定、とかいったもの)が長くて覚えられなくなったということでもある。 だんだん不精になってきたというか、無濾過だ原酒だ生酒だといったことを一々覚えることが面倒になってきたということなのである。ただ、だまってお酒を味わうのみ。いよいよ酒呑みの仙境に入ったものかとちょっとわくわくしているところである。 ★サイドウェイ★17/3/24のお酒 「ワインは工場で大量生産できるけど、それをやってはいけない」と映画監督のアレクサンダー・ペインがいったと雑誌「アエラ」に載っていた。 アレクサンダー・ペインは「サイドウェイ」という映画を撮った監督である。今公開中である。 映画は、二人の疲れた中年男がワイン蔵めぐりの旅に出て、ワインにまつわる逸話をちりばめながら次第に生きる気力を取り戻していくというストーリーみたいである。ワインを飲んで元気になろうというところか。精神的なアルコール依存症の映画みたいである。庵主はまだ見ていないが、よくできている映画のようである。 見た後にワインが飲みたくなる映画だという。 東京での上映館がよくない。六本木ヒルズかお台場である。カッコ過ぎて庵主が行くところじゃない。池袋の映画館でレイトショーをやっているのか分かった。そこに見に行く。 「日本酒は工場で大量生産できるけど、それをやってはいけない」といっても成り立つ言葉である。 庵主が呑んでいる日本酒はそれをやっていないお酒なのである。 工場で造ったお酒もそうでないお酒も見かけは変わらないじゃないかと思うかもしれないが、しかし、その違いははっきりしている。呑んでみればわかる。庵主は前者の酒は呑めない。呑んでもなにか満足感が残らないのである。 庵主は酔っぱらうために酒を呑まない。そんなに呑めないからである。味わうために呑むから、ただ酔うだけの酒には興味がないのである。だから、うまい酒が呑みたい。 うまい酒を好む人の思いは洋の東西を問わず同じようである。 ★チャリティーの生ビールは350円★17/3/27のお酒 トマトといえば、夏の食い物である。と、聞いている。 「とりあげないでわたしの学校」と銘打った裁判闘争支援のためのチャリティーコンサートがあった。 たまたまそのコンサートに李政美(女性歌手)が出演するというので都内の枝川にある朝鮮学校を訪れた。 地下鉄有楽町線の豊洲駅から歩いて8分近く歩いたあたりに会場の「東京朝鮮第二初級学校」がある。 コンサートは校庭に特設舞台を作って行なわれていた。 模擬店が出ていて、ホルモン焼きやフランクフルトソーセージ、それに枝豆やキムチなどを売っている。うどんもあった。会場は運動会かお祭りのように盛り上がっている。 で、生ビールは350円だった。 恐ろしいことに晴天である。天気がいいことは嬉しいのだが、この時分は恐怖の花粉症の季節である。たぶん今日は花粉日和だろう。この暖かい日中に外にいることはうちに帰ってからの症状悪化を余儀なくされるということである。 今日はどうなってもいいと居直って生ビールを飲むことにした。ボランティアの素人がサービスしてくれるからプラスチックカップに目一杯ビールを入れてくれる。泡の出し方がなれていないからである。 生ビールがうまい。ホルモン焼きも乙な味わいだった。日差しがあるので、多分今日は日に焼けることだろう。 ★ほんとかよ★17/3/28のお酒 トマトといえば、夏の食い物である。と、聞いている。 いまや、年から年中出回っているわけだから、庵主にはその手の旬という感覚がなくなっているといっていい。 つい最近も、スーパーで売っていたきれいなトマトに目がいって買ってしまったが、たしかにトマトの味がしたものの、これが本当のトマトの味だったかどうか、すでに庵主の記憶の中からそれを思い出すことができないのである。 そこへ、この時期(3月1日)に「トマト到来」というハガキが舞い込んできたのである。 能書きはこうである。 「トマトの原産地である、アンデスの高山地帯は、寒く乾燥した、痩せた土地です。そのアンデスに近い環境で育てられているので、当店のトマトは今が旬なのです」とある。静岡県の掛川市で育った「永田農法トマトは、日本の夏に採れるトマトとは違い、小さいながらずっしりと重く、甘味もあります」という。 そして、この時期から4月一杯の期間限定で、このトマトを使ったブラディーマリーやブラディ・ブル(お店で3日掛かりで作るという自家製ダブルコンメスープを使用したカクテル)をお楽しみくださいと続く。 飲みたくなるのである。 ブラディーマリーといえば、バー「オーデン」である。 ★「菊姫」山廃純米生酒★17/4/2のお酒 「菊姫」は間違いのないお酒だ。期待どおりの味わいをもたらしてくれるからだ。それ以上でもなければ、それ以下でもないというのがすごい。つい、呑まなくてもいい「菊姫」の新酒を呑んでしまった。 「菊姫」に限らず、庵主にとっては新酒はどれを呑んでも似たような味わいなので、呑んだという甲斐がないお酒である。一シーズンに一杯だけ呑めば十分である。 今年の米はどうか味わってみてくださいと言われても庵主には米がどうだのこうだのとその違いが分からない。 かつては、新酒が楽しかったのである。おお、これが新酒の、できたてのお酒の味わいだ、こんなにうまいお酒があるだろうか、と。しかし、今は、お酒は1〜2年じっくり寝かせて味が落ち着いたものがおいしいと思うようになってきた。 新酒は軽いのである。フレッシュだが、海のものとも山のものともわからない味わいは呑んでいて不安になってくる。どれを呑んでもそれなりにうまいから、辛口の酒でさえうまいと感じるのだから、それを素直にうまいといってもいいのだろうが、普段は呑めない辛口の酒さえ呑めてしまうのだから、酒を呑んでいるのだか、ただ新しいという初物を喜んでいるだけなのかわからないという酒呑みとしての自尊心、すなわち少しはお酒がわかるぞという小さな矜持を満たすことができないからである。 とはいえ、新酒の「菊姫」はこれがやっぱりすごいのである。ちゃんと艶がある。口に入れたときの、このまったり感が庵主は好きである。 形容矛盾かもしれないが、いうならば、まるで液体のゼリーを口に含んでいるような感触がいいのである。舌の上でお酒がころがっているように感じる感触が心地よい。お酒が舌の上で転がるのである。 新酒の「菊姫」は生まれたときから才気を感じさせる酒である。とはいえ、新酒独特の生の甘さを口の中にして、そこまで甘くなくてもいいと、庵主は贅沢なことを思いながら呑んでいたのである。 ★全米吟醸、その1★17/4/7のお酒 全米吟醸とある。全米とあると、庵主はためらわずオールアメリカンと読んでしまう。アメリカで造った吟醸酒なのか。が、それは「ぜんまい」と読むのである。 福島の「奥の松」(おくのまつ)が3年間の歳月を掛けてこのほど満を持して発表した新しい製法の吟醸酒である。 これまでの吟醸酒とどこが違うのか。 そして純米吟醸と薇吟醸は、おっと全米吟醸はどこが違うのか。 さらに、肝心なことだが、うまいのか。 吟醸酒というのは、吟醸造りをしたお酒である。原料が米だけなら純米吟醸である。アル添なら本醸造吟醸酒である。普通は単に吟醸酒と呼んでいる。 吟醸酒というのは吟醸造りをした精米歩合が60%以下のお酒である。全米吟醸も60%である。 50%以下に磨くと大吟醸を名乗ることができるが、大吟醸仕様でも、出来が期待どおりでないと吟醸酒として出す蔵もある。 普通の吟醸酒は、サトウキビの廃糖蜜から造った高精製のアルコールであるモラセスアルコールをまぜて造るが、全米吟醸はその代わりに自社で造った米焼酎を添加したものである。 モラセスアルコールが(いちおう)無味無臭なのに対して、米焼酎は香りのクセが残るからそれを混ぜた全米吟醸は香りが深いような気がする。気がするのである。そして酒質も力強いような気がするのである。気がするのである。 100%米で造ったお酒だから純米酒と呼んでいいかというとそうはいかなったのである。続く。 ★全米吟醸のお酒、その2★17/4/9のお酒 全米吟醸の話である。 純米酒というのは米だけで造ったお酒をいうのではない。 ちゃんと定義があって、その定義に当てはまらないものは原料が100%米であっても純米酒とはいえないのである。 たとえば屑米で造ったものやいい米を使ったものでも精米歩合が70%以上のものは規定外ということで純米酒とはされないのである。 じつは、精米歩合70%以上の場合は純米酒と言わなかったのだが、去年(2004年)の1月1日から、その基準が外されてしまった。 だから今は、精米歩合が80%とか、すごいのになると90%という純米酒もあるのである。 精米歩合80%とか90%というと、糠として捨てる部分がそれぞれ20%だけであり、10%だけということだから、お米を大切にしたお酒ということになるが、それでうまければいいが、庵主はためらわず下手物として笑い飛ばしている。 まずいと言っているわけではなので誤解のないよう。庵主にとっては呑む順番が後回しのお酒ということである。 米と米焼酎で造ったお酒は純米酒と言えるかというと、結論は吟醸酒である。サトウキビが原料のアルコールだろうが、米が原料のアルコールだろうが、アル添にはちがいないからである。 しかし、奥の松は新しい製法のお酒に対して主張を込めてそれを全米吟醸と呼ぶのである。現行の純米酒の定義には納まらないが、限りなく純米酒に近いお酒だというわけである。 そして、その味わいはというと、話はまた続くのである。 ★全米吟醸の味わい、その3★17/4/14のお酒 いよいよ全米吟醸を呑んでみる。 奥の松が造った新製法の吟醸酒は、米焼酎を使った吟醸酒である。 精米歩合は60%、アルコール度数は15〜16度である。 無味無臭の醸造アルコールを使った吟醸酒に比べてうまいのか。 酒は結果である。どんな造り方をしようが、どんな原料から造ろうか、うまけりゃいいのである。 ちっとも生彩のない純米酒とか、全然華やかさがない大吟醸とか、手造りを掲げるまずいお酒とか呑んでもつまらないお酒がいっぱいあって、丁寧に造ったからといって必ずしもうまいお酒ができるわけではないということを庵主は体験的に知っている。 能書きはいっぱしでも、呑んでみて面白くないお酒は庵主は呑めない。 お酒は結果が全てである。 全米吟醸はどんな味か。 まず香りがいい。ほんのりと気品がいい。これから新しいお酒を口にするぞというトキメキを感じる。呑むと匂いはきれいに引いて、すっきりした味わいが楽しめる。 米焼酎の強さのせいか味の厚みはしっかりしている。 料理の味をそこなうことのない食中酒として楽しめる酒質である。 だから、酒だけのうまさを好む庵主にはこれだけでは物足りないのである。庵主は15度のお酒はちょっと水っぽく感じるからなのである。 後日、原酒の生酒を出すというから、その全米吟醸を早く呑んでみたい。 さらに余談に続く。 ★バーで日本酒★★17/4/15のお酒 銀座。午後7時開演の芝居が始まる前の小さい時間をつぶすためにバーにはいった。だからお店は開いているといってもまだ早い時間である。バーの夜明け時間である。 年に一度しか訪れないお店であるが、時間が早かったせいか、マスターが庵主の顔を覚えていてくれた。そういえば、直前の文章、形は成っているが意味が繋がっていない。まだ庵主の酔いが抜けていないようである。 話は戻って、庵主の方はマスターの顔を完全に忘れていた。だから念のため、庵主の似顔絵(市川勝朗さんの作品)が入った名刺を渡して名前をさりげなく伝える。 もうそれだけで、日本酒の人だということを思い出してくれたようである。 そうしたら、ご贔屓の一杯を飲んだあとにカウンターの下の冷蔵庫から出てきたのが「一ノ蔵」の熟成酒である。 貰い物だから味わっていってくださいということで、もちろんサービスの一杯。 この酒がじつにきれいな熟成酒である。 バーの照明でも黄金色に輝いているのがわかる。 ウイスキーの色が琥珀色というのなら、古酒の色あいは黄金色である。 開演前の手狭な時間に、思いがけず味わいもまたきれいな古酒をごちそうになったのである。 劇場の受付に行ったら、言われちゃった。一年に二度しか顔を会わせないのにちゃんと庵主の顔を覚えている亜矢子さんに、お酒を呑んできたでしょう、お酒のにおいがしますよ、と笑われてしまった。 そのにおいが、匂いだったか、臭いだったかは聞かなかったが、素面で楽しい芝居を見るなんてつまらないじゃないか。 というより、その日の芝居は、お酒を呑みながら見るのにふさわしい華麗なショーだったのである。いい酒がなければ舞台を見ていてもさびしい。だからちょっとカクテルをたしなんでから見に行ったのである。 ★全米吟醸の背景、その4★17/4/18のお酒 「奥の松」の全米吟醸(ぜんまいぎんじょう)というお酒が出てきた背景を蔵元の姿勢に照らし合わせてみてみたい。 奥の松は往時は1万5千石を醸していたという。いまはそれより少ないというが、1万石を醸す蔵というのは、全国の1400余蔵の中でも上位50位以内に入る大蔵元である。 その数字を聞くと、大手日本酒メーカーの酒のイメージを浮かべるが、確かに大手メーカーのお酒なのだが、その姿勢は好ましい。 酒はまず安くなくてはならないという。ビールでも売れているのは値段が安い発泡酒とかビール似の雑種であって、日本酒の競争相手はそういう酒なのである。 安いということが、多くの呑み手を引き付けているのである。 だから、安くてそしてうまいお酒を造るのだという。 全米吟醸は四合瓶が1040円(税別)である。米焼酎を使うと、醸造アルコールを使うよりも金と手間がかかるという。それでいてこの値段で出すというのだから、安くてうまい酒をという明確な主張が伝わってくる。 12トン仕込の大タンクも使っているという。 大規模に造るから大味になるというものではなく、きちんと造れば安くてうまい酒ができるという利点があるという。 高くてうまいのは当たり前である。安くてうまいお酒を造るという意欲的な姿勢が全米吟醸には詰まっているのである。その志やよし。 全米吟醸の話はこれにて大団円。 ★4月20日新発売★17/4/19のお酒 アサヒビールである。 大豆ペフチド×スーパードライ酵母というビールを、おっとビールではなかった、その他の雑酒である、その雑酒を4月20日に発売するという。 「ドラフトワン」の類似品である。 ビール界をリードするアサヒビールが、先行商品を十分に研究して満を持して発売する雑酒である。「新生」と名づけられたその雑酒に期待が高まる。 サッポロの「ドラフトワン」のまずさ(まずいというのは貶しているのではないということは以前に説明済である)をすり抜けたキリンの「のどごし生」のうまさを庵主は褒めたが、はたしてアサヒの「新生」がどういう個性を出したものか大いに気になるのである。 両国にある地ビールが飲める店「ポパイ」でうまいビールを飲んで帰る電車の中は「新生」の広告でいっぱいだったのである。 酒販店への配置はもう終わっているのだろうか。銀河高原ビールの白と黒のショットビールもキリンビールの「のどごし生」も車内吊り広告を見てから現物にめぐり会うまでに数日を要したのである。 果たして明日、その「新生」を飲むことができるだろうかと半分心配しながら発売日を楽しみにしているところの広告の誘惑にからっきし弱い庵主の4月19日の夜なのである。 その日、酒販店の店頭に「新生」がちゃんと並んでいたらアサヒビールの実力を再認識することになるのである。 ★「新生」★17/4/21のお酒 庵主は古いから「しんせい」と読んでしまう。昔あった煙草の名前である。 「しんなま」と読む。生活用語でいうところのビールの新製品である。酒税法上はその他の雑酒となるビール似のお酒である。 「第3のビール」といういい方があるらしい。「週刊ポスト」を読んでいたら「ドラフトワン」が売れているというサッポロビールの記事が出ていた。 ビールとして売りたいのに実はビールでないという法の抜け穴みたいな商品を造るものだから、その商品名が確定していないのである。 「使い捨てカメラ」のことを業界では「レンズ付きフィルム」と呼んでいるという。日本酒の「普通酒」同様だれもそんな呼び方をしないのである。 フィルム+カメラだから「フィルカ」とかいう商品名を作ればよかったのにそのまま「フィルム付きレンズ」とかいうような「目のご不自由な方」みたいな間延びした名称で呼ぶものだから、レンズ付きだったかフィルム付きだったのか戸惑うのである。 その伝で第3のビールをいうならば「ビールでないビール」といったところか。「模擬ビール」とか「代用ビール」といったのでは可哀相だから「雑酒ビール」といったところなのだがそれではイメージが悪い。「ビールテイストドリンク」というと以前のノンアルコールビールとぶつかるし、「似非ビール」といったのでは露骨過ぎる。「朝鮮ビール」といったら判じ物になってしまうし。困った商品なのである。 ビール会社なのにビールを造らないからこうなるのである。 「新生」は近くのコンビニで売っていた。ちゃんと昨日から並んでいたようである。発売日の20日の夜は別のところで呑んでいたからお店をのぞくことができなかった。 前に書いたキリンの「のどごし生」もたぶん発売日にはコンビニには並んでいたのだろう。たまたま庵主が買った日が広告を見てから数日後だったということである。 広告を打った日にその商品が並んでいなかったら、広告の意味がないからキリンがそんな馬鹿なことをすることがないと思う。 思えば、庵主がうまいと思ったアサヒの「Z」は今はなく、まずいと思う「ドラフトワン」がよく売れていて、キリンの「豊潤」は中途半端な不思議なビールだと書いたら別のところでこれがうまいと絶賛している人がいて、どうやら庵主のビール感覚は世間様とは異なっているようである。 庵主はキリンの「のどごし生」が気に入っているのだが、これもひょっとすると。 そんなことは当たり前なのである。酒は嗜好品である。好き嫌いがあるのが当たり前である。 その好みにそって「新生」を飲んだのである。 あえて飲むまでもない味だった。「のどごし生」のほうがいい。
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