■ 河合の宝「ゲンジボタル」 ■
 


2.ホタルのことばは光通信

 ・ホタルの宿

    ♪ ほたるのやどは  川ばたやなぎ
      やなぎおぼろに  夕やみよせて
      川のめだかが   ゆめ見るころは
      ほ・ほ・ほたるが 灯をともす

   ゲンジボタルのすみかには、澄んだ流れがあるというだけでなく、そのほか
  にもいろいろな条件が必要です。
   まず、えさのカワニナがすんでいること、体を休める茂みがあること、それ
  にもっとも大切な条件は暗闇があることです。他のも水質や流れのはやさなど
  いろいろな条件があります。
   ゲンジボタルのよく見られるところは、川岸に川幅の広さと高さが2倍から
  3倍以上の茂みがあるところです。これを植物の「自生幅」「自生高」と呼び
  ます。ホタルの成虫は昼間はこの茂みの中の葉かげでじっと休んでいます。
   ゲンジボタルだけでなく、ヘイケボタルやその他のホタルもこのような茂み
  の中で昼間を過ごしています。また、水面近くだけでなくそうとう高い樹木の
  間で眠っています。夜、高い木の茂みで光っているホタルを見たことがあるで
  しょう。


 ・ホタルは夜型

   ホタルは成虫だけでなく一暗やみが好きです。
   親ボタルは、一日中日のあたらない、湿ったコケをさがして卵を産みます。
  幼虫は生まれとすぐ石の間にもぐってしまい、夜中になると出てきて同じよう
  に夜中に行動するカワニナをとらえてえさにします。成熟した幼虫はやみ夜に
  一斉上陸して、すぐに土の中にもぐりさなぎになるのです。
   ホタルは成虫が光るだけでなく、一生光っています。むろん卵も光っている
  のです。でも、とても淡い光なので、真っ暗という状況がなくなった今ではこ
  の光を肉眼ではほとんど確認できないのです。暗室の中でカメラを長時間露出
  すれば、卵の光も撮影できるのです。卵の発光は真っ暗やみの中でまる二昼夜
  くらいかけるとやっと写真に写る程度の光だそうです。
   幼虫時代のホタルもむろん光をだしますが、上陸近くなった成熟幼虫は背中
  の下のほうの一対の発光器からとても強い光を出してはい回ります。陸に住む
  「オバボタル」の幼虫は、大小問わず光るので、暗やみの森の道端の落ち葉の
  中ではいまわる幼虫を見た人もあるのではないでしょうか。このホタルは河合
  地区でもあちこちに住んでいます。見つけて研究してみるとよいと思います。
  
  
 ・光に反応するホタル

   しかし、なぜホタルは光るのでしょうか。
   ホタルの光るところを見ていると、何か光で話をしているみたいです。葉の
  裏でじっとしながら淡く光っていたホタルが、近くに別のホタルが光りながら
  近くに別のホタルが光りながらやってくると、自分の存在を示すかように急に
  光りだします。
   ヘイケボタルはゲンジに比べてとても光が淡く、あまり迫力がありませんが
  車のウインカ−を見ると興奮して同じ周期で明るく光りなが近寄ってきます。
  かなり遠くのものまで反応して飛んで集まってくるので、少し恐怖を感じる程
  です。ホタルがほかのホタルや自動車のウインカ−に反応するということは、
  ホタルが光を感じて行動しているということです。
   ホタルのあたまは、つねにうつむきかげんで赤く目立つむねのかげになって
  いるのでホタルの目はあまり目立ちませんが、あらためて見るととても大きな
  ぎょろ目です。この目でなかまや異性の光を感じて、光で言葉を交わしながら
  暗やみを飛び交わっているのです。
   ホタルにとって、わたしたちの点灯している街灯や、窓からもれる明かりは
  雑音です。世の中が明るくなるとホタルは会話ができなくなってしまうのです。


 ・冷たい火

   ホタルのふしぎは光る昆虫であることです。どういう仕組みで光るか、興味
  があります。
   ホタルの発光器が光るのをよく観察していると一様に光るのではなく、波が
  押し寄せるように光っています。ふつう光を出している物体は少なからず熱も
  出していますが、ホタルの光はまったく熱くないところが不思議です。
   ホタルは昆虫なので気管という管が体の中をめぐっています。そしてホタル
  の場合、発光器のところにもこの気管の細かい管がゆきわたっていて、ホタル
  が息をすると当然発光器の細胞にもたくさんの酵素がゆきわたります。発光器
  には発光細胞と光を反射する細胞があります。発光細胞は
ルシフェリンという
  発光物質を持っていて、この物質が特別な酵素(ルシフェラーゼ)のはたらき
  で酸化するときに光が発生するのです。
   普通、物質が酸化するときには酸化熱が発生するのにホタルは熱をまったく
  出さずに、酸化作用で発生するエネルギーをすべて光に変えてしまうのです。
  つまりホタルの電灯や蛍光灯が光る仕組みとは違い、ローソクやたいまつなど
  のように、物質が燃焼するときのエネルギーを光に変えているのですが、他の
  物質の燃焼はその大部分が熱エネルギーとなるのに、ホタルの光は全く発熱を
  伴わない燃焼です。この光を「冷光」と呼びます。
   生物の体内では、試験管の中の実験では考えられないような反応がたくさん
  起きています。これは生物の持っている酵素という触媒が巧妙に働くからです。
  恒温動物の体温は常に40度前後に保たれています。これは体内の細胞で栄養
  分が燃焼しているからですが、空気中で燃やせば何百度という温度になる物質
  が40度という低温で燃えるのは酵素のせいです。冷光は、その最たるもので
  しょう。酵素の働きは偉大です。


 ・いちぼうたる・にぼうたる

   ゲンジボタルの発光器は腹部の第5間接(雄は第5節と6節)にあります。
  メスの第6節は薄赤色で第4節までの色と違っていますが、発光はしません。
  オス・メスの区別は発光する体節が一本か二本かで分かります。
  「いちぼうたる」、「にぼうたる」といって区別します。
   ゲンジボタルが集団で光っているときの光り方を観察すると、だいたい同じ
  周期で明滅をしています。研究によるとゲンジボタルには方言があって西日本
  と東日本とではこの周期がかなり違うということが分かってきました。ゲンジ
  ボタルもヘイケボタルもほぼ一定の周期で明滅します。光ってから次に光るま
  での時間を何度か測り、平均した値が関西型はほぼ2秒、関東型はほぼ4秒の
  明滅周期を持っており、その境界の中部地方は2秒、4秒が入り乱れ、また、
  3秒周期の中間型のものもいるといわれてます。
   河合のホタルは関西型だということですが、光り方は何型のタイプでしょう
  か。調べてみてはどうでしょう。
   さて、もし関西に関東のホタルが一匹まぎれこんだらどうなるでしょうか。
  言葉が通じず、きっと相手にされず、結婚もできないでさみしい一生を送るこ
  とになるでしょう。このことは、だた住みわけのためだけでなく、遺伝子まで
  変異しているのではないでしょうか。今、研究が進められています。


 ・ホタル族は住宅難

   ホタルたちの光る最大の目的は、当然生殖のためだと思います。メスは地上
  に出てもあまり飛びまわらず、水辺の草かげにじっとして、淡い光りを放って
  ときどきピカーッと強い光って雄を誘います。オスのホタルは、水辺を気持ち
  よさそうにツイーッ、ツイーッと飛び回っているようですが、実はメスを探し
  てパトロールしているのです。
   ところで昔は街灯がほとんどなく、あっても白熱電球の暗い明かりがぼーっ
  と光っている程度だったのに、最近は明るい水銀灯やナトリウム灯がずいぶん
  設置され、夜道の危険が少なくなってきました。しかしこのことはホタルたち
  にはまったく災難です。光通信がうまく伝わらなくなってしまうからです。
   ホタルたちはもともと里近くに住む昆虫であったのに、光と汚れた水に追わ
  れて、川筋を上へ上へと疎開しなければ生きてゆけなくなってしまいました。


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■ 補足 ■


 ルシフェリン

  ホタルの発光原理は次のような化学反応式にまとめられます。

                   2+
                 Mg
             1   ↓
     LH+ATP+  L+AMP+HO+光
             2   ↑   
               ルシフェラーゼ 


     LH:ルシフェリン     L:酸化ルシフェリン

  この化学反応は、熱や二酸化炭素の発生がなく、発生したエネルギーの実に
  98%が光になって放出されます。


 空気中で燃やせば何百度という温度になる物質
 
   「パラサイト・イブ」という本の中でこれと同じような話が出てきます。
  細胞の中の「ミトコンドリア」が意志を持ち、人間をコントロールし始める
  というストーリーなのですが、この中でミトコンドリアが他の人間の細胞の
  中のミトコンドリアに指示を与え、細胞内に蓄えられているATPを一気に
  燃焼させ、人間を自然発火させてしまうという場面が出てきます。
   「リング」「らせん」などとバイオ・ホラーと呼ばれている新しい分野の
  本ですので、関心のある方はぜひ一度、読んでみて下さい。


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