■ 河合の宝「ゲンジボタル」 ■
 



3.ゲンジボタルの一生

(1) 成虫の姿はつかの間

 ・ゲンジボタルの生活サイクル

   ゲンジボタルは、岡崎近辺では6月の上旬頃から発生しはじめ、6月下旬
  にはぐっと量が減り、7月になると全く見られなくなります。これはその年
  の気候によっておおきく作用されるので多少の差が見られますが、だいたい
  6月15日頃が見頃です。
   はじめのころには雄が、一週間ぐらい遅れて雌が羽化してきます。水面を
  スイーィ、スイーィと明かりを点滅させながら飛んでいるところは、つかの
  間の生を楽しんでいるようにみえますが、実は雄は真剣に仲間や雌を求めて
  巡回しているのです。


 ・ホタル二十日にセミ三日

   成虫の寿命は2週間くらいといわれています。地上に姿を現してからは、
  夜露か草の露しか口にしない成虫ですから、地上に出てきた本来の目的であ
  る生殖活動を果たせばこの世には用がなくなってしまいます。死を待つのみ
  ということです。
   ホタルの寿命については、その年の気候やホタルの個体差などによって、
  一概には言えないということですが、平成4年に採卵のために飼っていた雌
  (野生種43頭)のうちの最長寿は24日でした。また、交尾のために採集
  してきた雄はどのケースの中でも最初に死にました。
   一説によると未交尾のホタルは交尾したものよりも長命だということです。


 ・一生の大半は水と土の中

   雌は、地上に出てくると待ちかまえていた雄に見つかって求愛され、交尾
  して卵を生みます。
   卵は、気温にもよりますが、約30日で次々と孵化して幼虫になります。
  卵は水面に近くて日が当たらず、いつも湿り気にあるコケなどに、一つ一つ
  しっかり産みつけられます。孵化してきた幼虫はすぐに水の中に入り、石の
  下などにかくれて、翌年の5月まで水中生活を送ります。この間に合計6回
  脱皮をし、ぐんぐん大きくなります。
   4月の終わりから5月の始めの雨の闇夜の晩、幼虫は一斉に上陸を始め、
  水辺の土の中にもぐって前蛹(ぜんよう)になり、地温が上るのを待ちます。
  そして、梅雨に入った6月のはじめ、脱皮して成虫になり、雨でやわらかく
  なった土を持ち上げてやっと地上に出るのです。
   たった2週間の地上生活のために、卵でひと月、土の中にひと月、あとの
  9ヶ月ちょっとは暗い石の下で幼虫生活をしているのがホタルの一生です。
  もっともセミの仲間の中には、何十年も地中生活をして、地上生活は数日と
  いう種類があるというので、それに比べたらまだましかもしれません。


(2) 子孫を残す

 ・交尾、そして産卵

   多くの生き物がそうであるように、ホタルも雌は雄より体が大きく、立派
  で貫禄があります。もっとも雌でも雄ほどの大きさしかないものも無いでは
  はありません。
   雄のホタルが水面を明るく灯を点滅させながら飛び回るのに対して、雌の
  ホタルは水辺に近い草むらの影にじっと止まっており、時折淡い光を放って
  いるのが普通です。ある生徒が、『大きなホタルが死にかけているように、
  ボーッと光っていた。』と作文に書いていましたが、ぴったりの表現です。
  雌は雄より一週間ほど遅れて発生するので、前に成虫になっていた雄にたち
  まち捕まって交尾されてしまいます。だからもう雄を光で呼ぶ必要がないの
  かもしれません。
   しかし、雌でも時折雄よりも明るい光を放っているのを見かけます。これ
  は交尾のすんでいない雌でしょうか。
   交尾ははじめ雄が雌の背中に乗り、性器を雌の体内に入れますが、時間が
  たつにつれて後ろ向きになり、数時間から長いときには数十時間この体勢で
  いるそうです。
   一度交尾のすんだ雌は二度と交尾しないので、雄は交尾のすんでいない雌
  を必死で探さなくてはなりません。だから、一匹の雌に何匹もの雄が群れる
  というようなことはないそうです。しかし6月も後半になると、雄の個体数
  が減り、雌が多くなるので、一匹も雄にたくさんの雌が群がるという現象は
  あるということです。交尾がすんだ雌は、産卵場所を探すために上流へ飛び
  立ちます。ホタルは飛ぶことがあまり得意ではありませんが、それでも何百
  メートルも流れに沿って飛び、卵を産むのに最適な場所を探すそうです。


 ・集団産卵のなぞ

   ゲンジボタルの産卵場所は、水辺の岩や木が水面まで突き出ている所で、
  コケ類が生えて湿り気が十分あるようなところです。卵を産む場所は慎重に
  選びます。一度、採卵箱のひとつに枯れてしまったミズゴケを入れてしまい
  失敗した経験があります。コケが枯れているので、キリを吹いてもすぐ乾燥
  してしまい、そこのホタルだけはなかなか卵を産みません。そこで、生きた
  ミズゴケを少し入れたところ、その晩一斉に、その新鮮なコケに卵を産んだ
  ということを経験しました。
   ホタルの卵は直径が0.5mmぐらい。雌ボタルは産卵管をのばしてコケ
  の葉の付け根に、ひとつずつていねいに産みつけます。一匹の雌が500個
  から1000個の卵を産むといいます。卵を産むのは、真夜から明け方まで
  なので、これだけの数は一晩では産めません。夜が明けるといったんねぐら
  に帰り、翌晩また同じ場所に産卵にやってきます。


  種類        産卵数       大きさ

ゲンジボタル   500〜1000個   0.5mm

ヘイケボタル    50〜 100個   0.6mm

ヒメボタル     30〜  90個   0.6mm

ホタルの卵比較 (「ホタルの観察と飼育」より)


   この地方では、多数の雌が一か所に集まって卵を産む『集団産卵』をする
  ことがしばしばあります。古田先生の観察では、通常数匹から40匹程度、
  最高記録は43匹の雌が一か所に集まって産卵をしていたそうです。
   集団産卵は、どこの地方のゲンジボタルでもするという習慣ではないのだ
  そうで、ホタル研究の謎のひとつです。卵を産むお仲間が、毎夜同じ場所に
  集まって、そっと光りながら卵を産む様子を、あなたもちょっと見てみたい
  とは思いませんか。
   雌ボタルは、真夜中の何も見えない水辺で、一日中太陽が当たらず、乾燥
  せず、しかも水のかぶらないところを探します。古田先生の長年の観察では
  ホタルの産卵場所がその年の増水の水位にかかわっているらしいということ
  です。アシナガバチが軒下に巣を作ると雨が多いと言いますが、昆虫の予知
  能力の不思議さには驚きます。


(3) ホタルの赤ちゃん

 ・卵の変化

   ホタルの卵は、生まれたては薄黄色をしています。0.5mmと、とても
  小さい上、お母さんボタルが丹念にミズゴケの葉の付け根に少しの洪水では
  流されないように産みつけるので、はじめてみる人にはちょっと分からない
  ほどです。
   驚いたことに卵でも発光するそうです。古田先生は、『たくさんの卵を集
  めて暗やみで見ると光って見えるよ』と言われるのですが、正直言ってよく
  分かりませんでした。
   産みたての卵は薄黄色ですが、半月もすると色が変わってきます。卵の中
  で発生が進んでいるのです。
   やがて、卵の中に黒い二列の斑点が現れ、卵自体が黒褐色に変化すると、
  幼虫の誕生はもう間近です。顕微鏡で覗くと、殻の中で幼虫が盛んに動いて
  いるのが見えます。


 ・赤ちゃん誕生

   卵から約一か月たって幼虫が生まれてきます。産卵から発生までの日数は
  平均気温によって異なっています。遅く採卵したものほど孵化までの日数が
  短いことが分かっています。
   孵化直後の幼虫は、体長1.5mmぐらいで灰褐色をしています。これは
  体長5mmぐらいの赤ちゃんカナニナのうんこと、色がちょっと薄いだけで
  形も大きさもそっくりなので、初めて幼虫を見る人には、モゾモゾはうのを
  見て幼虫だと分かるのが正直なところです。それでも顕微鏡で見ると、この
  ゴミのような物体でも一人前にホタルの幼虫の形をしています。
   幼虫の孵化は真夜中で、水中に落ちるとすぐ暗やみの石の下にもぐりこみ
  ます。バットの中だと、光を嫌ってお互いにからみ合い、10〜100匹の
  ボール状になってしまいます。


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■ 補足 ■


 ホタル二十日にセミ三日
 
   これはことわざのひとつで「盛りの短いことのたとえ」に使われます。




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