■ 河合の宝「ゲンジボタル」 ■
 



3.ゲンジボタルの一生

(4) 九か月の水中生活

 ・幼虫のからだ

   ホタルが日本中の人たちによく知られ愛されているのに関わらず、その幼虫
  の姿を知っている人はごく僅かです。また幼虫の姿を好く人はごく少ないよう
  です。
   ホタルの幼虫を知っているのは、石の下の虫をえさにして、川で釣りの経験
  のある人です。ホタルの幼虫は渓流の石の裏がわにしがみつくようについてい
  ます。色が黒く、ずんぐりとした体いっぱいに足がはえていて、(実際は足が
  三対、あとは八対のえら)そんなに足があるのにシャクトリムシのように体を
  伸び縮みさせて不器用に歩く様は、いかにも不気味です。これがカワニナの中
  に体のほとんどを突っ込んで、その肉をむさぼり食うところを初めて見た人は
  みな気味悪がります。幼虫のあたま(頭部)はとても小さく、そこに小さい目
  が一対ついています。この頭部には、一対の触覚と鋭いあご(大 )と小 が
  あり、1個の下唇があって顔を構成しています。いかにも鋭そうな大 は推察
  通りこれで獲物の体にかみつき、いくら振り放されようとしっかり食らいつく
  ための武器です。
   むね(胸部)は三つの部分からなっています。前胸の部分の背面の模様は、
  特有の形をしていて、マニアはこの模様を見てその幼虫が何齢の幼虫か即座に
  分かるそうです。中胸と後胸は、腹部の体節とあまり違いのない模様をしてい
  ます。
   胸部の三つのそれぞれの体節には、一対ずつの足が合計6本生えています。
  歩き方はあまり上手くありません。
   はら(腹部)は九対あって、最後の体節以外は大きさのほかはよく似た形を
  しています。ぶよっとした体によろいのような板がのっていて、左右に黄色と
  黒のくずれた蛇の目模様がついています。これも薄気味悪い感じを与える原因
  の一つです。
   胸部の二対と腹部の八対の体節には、二つに分かれた外鰓(えら)がついて
  いて、これで呼吸をします。ちょっと見ると足のようにも見えます。


 ・幼虫でも光る

   幼虫の八つ目の体節の背側には一対の発光器がついていて、興奮すると光を
  発します。特に、終齢の幼虫で上陸が近くなったものは、明るく発光します。
  光り方は成虫と違って連続的です。
   上陸して地上を歩行している時の幼虫はとても明るく光り、休んでいる時の
  ホタルよりむしろ明るいくらいです。ゲンジボタルは集団上陸をするので、こ
  の状態のときにマニアに見つかってしまうと大変です。一斉検挙されてしまい
  ます。
   陸生のホタルである『オバボタル』は、幼虫がよく光るので、成虫より幼虫
  の方がよく見つかります。藪の落ち葉の中で淡く光りながらうごめいています。
  石田清美さんはこの幼虫を飼育した観察記録で平成3年度の河中科学賞に入選
  しました。


 ・吸いつく足

   最後の体節には外鰓がなく、尾脚という足が一対ついています。これは上下
  になっていて、上が五つに下が二つに分かれていてるので都合七本、左右合わ
  せると十四本が房のようになっています。尾脚の先端は吸盤状になっていて、
  カワニナの背中や岩などにしっかりしがみつけるようになっています。
   幼虫はバットに入れて歩かせておいて急に水を動かすと、幼虫はこの足で、
  バットの底に張りついて流されまいとします。この習性は大水などで急に流速
  が変化したときにたいへん役立ちます。幼虫は刺激に対して、すぐ体を丸める
  性質を持っているため、いったん流されてしまうと水中のごみ同然、どんどん
  下流の方に流されてしまいます。下流は水質が悪く、えさもなくて、餓死する
  可能性が大きいのです。
   幼虫の動き方を見ていると、急ぐときはしゃくとり虫のように体を伸び縮み
  させて歩きます。その時にもこの尾脚が大変役にたつのです。


 ・外敵撃退用の足

   腹部の外鰓と背中の板の間には、ホタル独特の匂いを出す角がかくされてい
  ます。興奮すると、ちょうどアゲハチョウの幼虫が角を出すように、ホタルの
  幼虫も八対の二股に分かれた白い角を出して敵を脅します。
   話によると、カワニナをぼりぼり音をたてて食べてしまう錦鯉でも、ホタル
  の幼虫は一度口に入れてもすぐに吐き出してしまうということです。


 ・六回の脱皮

   孵化してから約一か月後、第1回目の脱皮をします。この頃になると水替え
  のときにたくさんの抜け殻がゴミにまじって筒の外に出てくるのでやっと幼虫
  が健在であることが分かります。
   脱皮ごとに幼虫は二齢、三齢と名前が昇格して、六回脱皮した幼虫は、終齢
  幼虫と呼ばれます。脱皮直後の幼虫は、真っ白で透き通って内蔵が見えるほど
  ですが、しばらくすると背中の模様がはっきりと見えてきて、時間がたつと体
  全体が濃い茶褐色になっていきます。そして脱皮ごとに幼虫は大きく成長して
  いきます。
   また、よほど慣れないと見分けがつきませんが幼虫の前胸の背中にある模様
  が脱皮のたびごとに微妙に違っているので、その幼虫が何齢幼虫か判別ができ
  ます。
   生まれた最初は2mm足らずだった幼虫も、終齢では30mm前後のグロテ
  スクな体になります。普通の昆虫は真冬は冬眠してしまうのに、結構ホタルの
  幼虫は寒さに強いのか、真冬でも動き回りエサを食べます。
   真冬のカワニナ取りはつらい仕事です。


 ・幼虫の食事

   ゲンジボタルの幼虫はカワニナしか食べないということは、かなりの人が知
  るようになりました。モンシロチョウがアブラナを、アゲハチョウがミカンを
  と考えれば、偏食も許してもらえるでしょう。
   ホタルの仲間はどれも巻貝の仲間をえさにします。ゲンジボタルの住む小石
  の多い清流には、カワニナもいてちょうどえさになっているわけで、タニシや
  モノアラガイの住む水田や沼にはヘイケボタルががんばっているのです。
   幼虫はカワニナをどうやって食べるかというと、まずカワニナのすきを見て
  鋭い大あご(大 )で、いきなりカワニナの柔らかいところにかみつきます。
  カワニナが驚いて殻をかぶろうが動き回ろうが、鋭いあごで食いついたら最後
  放さない。このときに例の尾脚がものをいうのです。カワニナが弱ってくると
  口から消化液を出してカワニナの体を溶かしておかゆのようにしてすすり込む
  のだそうです。これを体外消化と言います。むしゃむしゃとではなく、ちゅう
  ちゅうとスープをすするように食べるわけです。
   幼虫はカワニナを食べ始めたらよほどのことがないと離れません。最後には
  体の中にもぐり込んでしまって食べています。だから、幼虫飼育器の中のカワ
  ニナの殻は迂闊に捨てられません。一匹のカワニナに、何匹もの幼虫が群がる
  こともあります。また、大きな幼虫の食べ残しに、小さな幼虫が群がって食べ
  ていることもあります。


 ・見かけは鎧、実はゴムまり

   幼虫の体はごつくて硬そうに見えますが、案外柔軟にできています。死んで
  しまった幼虫はぺっしゃんこになってしまって、全く見る影もありませんが、
  これは皮は薄いがとても丈夫でちょっとのことでは破れないようにできている
  ためです。
   四月に新入生が入部すると、最初の仕事が放流幼虫の選別です。慣れない手
  つきで割りばしを持ち、かなり乱暴に小石をかき回すのに、幼虫はつぶれたり
  けがをしません。幼虫を触ってみるとふわふわと弾力があります。石がいつも
  少しずつ動いている渓流に生活する幼虫が、石にはさまれてつぶれないために
  はよほど硬い皮をかぶっているか、ゴムまりのように押せばつぶれるが、力を
  ゆるめれば元に戻る柔軟性を持っている必要があり、ホタルは後者を取ったの
  でしょう。
   ホタルの幼虫をつかむのに、部員たちは竹のはしを使います。ピンセットだ
  と局所的に力が入ってつぶれてしまうということもありますが、はしでそっと
  つまむと、幼虫の方もはしに巻きついて、上手くつかまれてくれるからです。
  理科部に入ると自然にはしの持ち方が上手くなります。


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■ 補足 ■

 

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